2009年11月07日

日本の進路・その2:新政権、日本の長期目標については不透明、11月7日投稿


◎新政権、日本の長期目標については不透明

 @前回は、滑り出し概ね順調として、
 a)政権交替は、自公民官僚の癒着政治と、民主・社民・日本新の連立政権との、どちらが良いかという問題よりは、兎に角政権交替が起こり得るとの事実が、これ自体が国民のお任せ民主主義の姿勢に、反省をもたらす機会になるという、大きな期待があること。
 b)将来の明るさへの道筋が見えないという問題を抱えながらも、此は来年の参院選の帰趨如何に関わることでもあり、現状は仮免許運転中である。それ故、当面の対策は、生活補助の中にあった母子加算を今年度中可及的早期に復活すること、失業対策を拡大すること、等、(兎に角、目に見える実績を上げること)、などとともに、自公民官僚癒着政治の問題点を徹底的に暴き、情報公開して行くことが望ましい。つまりは、こうした行き方で参院選に勝って、2院制ねじれ現象の下では、民主主義政治はうまくいかないとの事情を、国民に周知してもらうことが大切と見られること。(なお、理由等は長くなるので、別の機会に説明する)。
 c)現在の民主党政権のアキレス腱は、社民党・国民新党との連立のために、必要な構造改革を、筋の通った方法で進めにくい点にあること。 
 上記の点を理解すれば、滑り出しは概ね順調と言えるのではないかという趣旨を述べた。

Aその後の経過を見ると、予想の範囲内とは言え、新政権の運営には、もたつきの方が目につくようである。予想通り、a)社民党が関係する、日米関係・防衛関係の問題は、普天間基地の辺野古地区への移転問題等が難航している。b)国民新党では、郵政公社の総裁人事、モラトリアムとの表現が問題となった中小企業対策、という、兎に角解決困難なもたつきがある。さらに加えて、c)政権内の火だねとして、国家戦略会議の動きの曖昧性、予算の組み替えと絡んだ、事業仕分け活動に関わる人事のもたつきがある。d)政府と党との間の連携についても、不安定性がみられる、などなども心配の種であろう。

 そして、これらは、いずれも、不慣れの所為でもあろうし、人材不足の所為でもあろう。 ところで、こうした中にあって、前原国土交通相が、羽田のハブ空港化という将来像を提唱し、問題の絶えない成田空港を、共存共栄の形で解決する道があるはずだ、との方向性を示したことは、注目に値すると思われる。つまり、現在の難問題は、日本の将来を明るくするような、本格的な構造改革によってのみ、解決が可能になるものであろう。だからこそ、当面は、将来に繋がることを考えながら、暫定的に問題を進め、つまりは、逆戻りを何とか避け、かつ、逆風をだまし、だまし、しながら、参院選で勝つことや、ねじれ国会の運営に知恵を絞ることが大切と見られよう。 そうして、参院選に勝つことが出来れば、将来の明るさに向けての本格的な構造改革に取り組むべきであろうし、参院選で、単独過半数を実現できなければ、ねじれ国会が迷走しない方法を、英国の例を参考にしながら、2大政党間で協議し、協約・制度化することが大切であろう。
  つまりは、参院選に勝てれば、民主党は君子豹変して、筋道の立った、本格的な構造改革・戦略的な原因療法の政策採用に向けて、精力的に動くということが望ましいと見られるのである。
 さいわい、マスコミにもこうした方向へ向けての動きが見られる。つまり、正論を説く専門家の評論を取り上げたり、また、例えば、日経新聞が、プルサーマル発電の推進を社説で取り上げた(11月7日)ことも、遅きに失した点はあるとしても、此は構造改革の本流と言うべきものであろう。兎に角、プルサーマル発電は、OECD先進国中、日本はその開始が7番目か8番目の後進国である。原子力発電は、日本は先進国という誤解が一般にはあるようだが、原子炉とか原子力発電機器の製造技術では、日本は一流であることは間違いないのだが、此は、製造業の話、製造技術の話であって、原子力発電所や、その廃棄物処理といった、トータルな運営技術の話、つまりは、「産業としての自立」があるという話ではないのである。おそらく、産業としての運営に配置されるべき技術者や運営指導者に、優秀な人材が投入されてこなかったし、現状も不足しているのでは無かろうか。これでは、日本は、原子力発電についての先進国とは言えないのである。
 このブログで取り上げたかどうかは、記憶が曖昧だが、日本の理科系学部の大学卒業生は、最盛期(多分70年代?)の6割にまで減っているそうである。医者不足も、その一つの表れであろう。日本の戦略・政策は、基本の部分、足腰の部分で弱いようである。統治機構を担うべき、政治家の人材養成も出来ていないので、世襲がはびこるということにもなっている。
  以上の点を頭に置きながら、参院選までは時間を稼ぎ、その後に豹変して欲しいというのが、当ブログの現政権に対する期待と言うことになる。

 前とのつながりが悪いとは思うが、今月の中央公論2009年11月号の、「理系内閣に疑問を呈す」と題する分子生物学者福岡真一氏の評論が目についた。此は、今度の内閣で、首相・官房長官・国家戦略会議担当相が、理科系の大学学部卒業であることについての話である。そして、理系の指導者は、理論に走り・過激となり、成功しないと述べたいようにも読める表題である。だから、より現実的になるようにと心がけよと言おうとしているのかも知れない。とにかく、現在の中国の湖錦濤政権は理科系人材の集団で、三峡ダムや、南北間の水路開通のような施策を強行し、摩擦を大きくしている。しかし、次代の政権を担当すると見られる人材は、全て穏健派が台頭すると目されているとのことである。そして、以上の中国事情の解説は、ニューズウイーク日本版9月16日号によるとのことである。この中国事情自体も、大層興味深いので、孫引きながら引用させていただくことにした。ところで、理系大学学部の統治機構指導者は日本では珍しい。日本では、人事ではゼネラリストが重用され、専門家・技術者は、官庁でも次官にはなれず、その次の参事官止まりである。ことほど左様に、今回の内閣は珍しいのである。そうして、この記事の結論としては、論理に飛躍があるとは思われるのだが、「官僚の無謬神話を廃し、自己懐疑の機運をもたらせば、理数系政権に価値がともる」と言うのである。筆者にはその真意が図りかねるのであるが、これを我田引水的に解釈すると、福岡真一氏は、理想に走りすぎず、現実的な解決策を探せと言っているのであろう。ただし、官僚の無謬神話を廃せ、という点について見ると、現内閣は政治主導という表現で、これを行おうとしているようであるし、この間当ブログでは、官僚の無謬神話を改革せよと、自公民・官僚の癒着政治の基本問題点を、強く指摘してきたところである。理数系の仕事ぶりについて言えば、これらは、試行錯誤がつきものである。さはさりながら、原因療法の追及を専ら行い、作文・修辞学で目先を取り繕うものではないのである。福岡真一氏も、この辺は先刻ご承知のところで、決して両論併記の玉虫色の作文がよいと言っているのではないと思われる。

  ここまで言うと、では、日本の進路として望ましい原因療法の実体は何かが気にかかるはずであろう。このブログでは、この夏には大筋は取り上げたところではあるが、より具体的に再論が必要なのかも知れない。これらは順次補足するようにしてゆきたい。

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2009年10月07日

日本の針路・その2:新政権の滑り出し、概ね順調:10月7日投稿


◎新政権の滑り出し、目下のところ概ね順調
:10月7日投稿

 @総選挙の結果は、民主党の予想以上の勝利となった。此は日本にとってまことに喜ばしいと、KY人間の筆者には思える。マスコミは、新政権への不安や、内部分裂発生の危機を盛んに報道している。と言うことは、マスコミは、政権担当能力は、自民党の方が本当は上とでも思っているのであろうか。このように、マスコミは2流のままで全く成長していないと見られる点は、誠に残念なことである。マスコミが、お任せ民主主義の国民を啓蒙することも自分たちの使命であり、それが日本国や日本国民にとり、役に立つとの自覚が有るならば、現状のマスコミの活動は、政権交替が起こったという時代の変化に即応する態勢がまだとれていないと批評されても仕方がないのではなかろうか。
 筆者には、政治は3流で、自民党も民主党もどちらかが特に良いとは言えないのだが、それでも、民主党の方がまだましだと言えそうだし(理由は後述)、国民もそうかも知れないと思って、兎に角自民党はもうお引き取りくださいと、今回は意思表示をしたのだと思う。
 だから今回の民主党の勝利は、まことに喜ばしい。筆者は、小泉改革に欠点が全くなかったと言うつもりはないが、自公民政権と官僚の癒着による政権を変えなければ先は暗いと改革に踏み切った国民の判断の方向性は、基本的には正しかったと考えている。反小泉改革へと走り出した自公民政権に、国民が「No」と言ったことは、国民にお任せ民主主義から脱却しなさいと啓蒙する、絶好のチャンスが訪れたとも考えられる点が、即ち、正にこのことが喜ばしいという内容なのである。つまり、筆者は、小泉改革は、基本的方向性は正しかったと考えている。小泉改革は格差を拡大したとの反論はあろうが、格差拡大の真因は国際化にある。そして、だからといって、貿易立国の性格が既に強くなっている日本にとり、国際化を止めるわけにも行かないから、格差拡大の責任追及対象を小泉改革に求めることが誤りだと言うべきなのである。(注)
    (注)この点は、マスコミ報道が、むしろ反小泉の間違った線に沿って概ね行われているので、念
     のためもう一度確認してもらいたい。統計的には(即ち、ジニ係数によれば)、小泉改革が格差拡
     大に働いたという証明は出来ないし、数値的には、小泉政権以前よりは改革期間中の格差拡大
     テンポは落ちているのである。この点は、今年の経済・財政白書に書かれている。この間の簡潔
     な要点説明は、8月10日投稿の当ブログで行っており、これは、基本的重要事項であるので、
     同ブログを再読・確認していただけると有り難い。
 また、近代の市民社会は、自由・独立自尊・自己責任・自己規律が基本となることを、思い出すべきであろう。即ち、ずるずると自公民・官僚の癒着政治を続けることは、無意味な満州事変・日中戦争・大平洋戦争を原爆が落ちるまでずるずると続けた昭和の歴史から、日本人は実は何も学ばなかった、その大失敗についての反省もしていなかった、ということになる。つまり、日本教、集団心理に災いされ、客観的・戦略的思考を欠き、暴走して止まらなくなるという悪癖が、大平洋戦争後も、まだまだ脱却できていないようである。それ故、今回の選挙結果は、自由・自律・自己責任を、日本国・日本国民が、全体で考え直す良い機会にすべきなのである。選挙で何を変えることが出来るのか、何処まで変えることが出来るのか。つまりは、今回の選挙とその成果の生かし方が、日本の民主主義・日本の近代化にとり、まことに大切な経験と言うべきなのである。

 A上記で、滑り出し順調といったが、問題点はないのかどうか、それが第2の焦点と言えよう。民主主義の良さとは、多数決・政権交替で、試行錯誤をしながらでも前進ができるという点が挙げられる。ところで、その対極としての、大平洋戦争型の猪突猛進とか、自公民・官僚の癒着政治とかは、官僚には無謬神話があるために、進み出したらもう止まらない・変えられないとなってしまう慣習が此までは存在したのである。これがまさに、日本教の精神、官僚の無謬神話、投票を党議拘束などにより縛ること、KY人間の排除・等々により、こうしたことが此まではずっと硬直的に行われてきた。今回の選挙により、此は打破できるのであろうか。政権交替については、細川政権で、いったんは出来たように見えたが、1年ほどでひっくり返され、結局2大政党による切磋琢磨の態勢はとれなかったという、過去の歴史も存在する。今回は本当に、大丈夫かどうかが、第2の焦点である。
 この点で、心配なところは、今回の選挙で掲げられたマニフェストに、民主党の長期目標がはっきりと提示されていないという問題点がある。どのような拠り所で、日本の将来に明るさを求め、その目標に向かうための具体策がマニフェストの各項目に繋がるのであろうか。目標がはっきりしないから、具体策の各項目が、どのような優先順位・重要性を持って、また、どのような経路で、日本の将来を明るくできるのか、という諸点が曖昧になってしまう。さらに、理想を言えば、具体策には個別目標とそれに関する何時までにどの数値目標を達成するかの内容が明示されてほしい。今回の民主党マニフェストには、以上のような根幹となる道筋が見えてこないのである。強いて言えば、「友愛の精神」が目標のように掲げられたが、これをもって目標と見るのは適当ではない。なぜなら、友愛という抽象概念だけでは、人々がその内容を想定する場合、各人各様にその内容想定が行われ、これが同じ内容に収斂するとは、到底考えられないからである。そもそも多数決で、その内容を選ぶ場合に、このような定義では、思い違い、勘違い、誤解、等が起こってしまう。これでは、大変な時間・労力・資金をかけて、総選挙を行うのには、余りにもったいないということになろう。選挙は集団意思を収斂させ、努力を結集するために役立つように、そもそもが企画されるべきなのである。そのための、時間・労力・資金の投入ならば、そのインプット(投入)はそれに見合うアウトプット(産出)を生み出すようになる筈である。従って、国民のためには、そうなるように制度・仕組み自体を先ず作るべきなのである。
 かくして、今回の民主党マニフェストの作成においては、前提となった制度・仕組みに欠陥があったことを斟酌する必要がある。即ち、今回の衆院選挙では、たとえ衆議院で第1党になり、また、1党で過半数を制しても、参議院では、連立をしなければ過半数がとれないという問題点を抱え、この問題点は、次の参議院選挙において一党で過半数を制しない限り、政権運営がままならないという条件下を考慮して作られたもの、次善の策として作られたもの、という点を斟酌する必要があろう。次の参議院選挙が終わるまでは、今回の民主党政権は、慣らし運転期間中と考えた方が良いのである。
 そうだとすると、当面の民主党の政策運営は、参院選を展望に入れて、自公民連立・官僚癒着の政権が、如何に日本の経済運営に有害であったかを究明することが重要事項となるのではないか。少子化傾向を長年放置して、年金破綻・国民福祉の破綻が感じられるまでに、事態を悪化させ、前川報告を軽視して、米国への過度依存で成り立ってきた経済体質を事実上の反改革で温存している無為無策という政策運営の弊害を暴き、これを如何にして是正するかについては、実は、参院選の民主党勝利が前提条件として必要になることを、国民に理解してもらうようにしなければならないと言えるだろう。しかしながら、それまでの理解を国民に求めることは容易ではないだろうから、少なくとも、参院選までに、民主党政権になって、やっぱり良かったという目に見える成果を、この半年・一年であげ、参院選も民主党政権に勝ってもらわないと日本の将来は暗いと見られる。何故ならば、自公民・官僚の癒着政治では、低福祉、天下り横行の利権政治が、かっての細川政権の失敗をなぞるようにして、またまた復活することになりかねないからである。もしもそうなると、2大政党政治による切磋琢磨で、日本の政治が良くなる道筋が、見えてこないという道に迷い込んでしまう。
 そうとすれば、当面の政策は、補正予算の無駄な部分を削り、来年度以降の子供手当の資金に充当するという現在の民主党政権の行き方にはやや疑問が残る。勿論、今回の補正予算には、次年度以降の支出予定となる公益法人等への多年度支出予定の予算付与があったから、これが可能な部分がある。しかし、目下話題となっている高速道路の4車線化の見送りとか、森林間伐用の道路建設の見送りなどについては、その資金を全て次年度の子供手当用資金に回すことについては、疑問が残る。即ち、それによる原材料費設備費等の削減は良いのだが、その事業への就労者の人件費まで削ると、その分は失業者の増加となり、景気対策面ではマイナス効果を上げてしまう。現在失業者が増えており、失業率を上げない工夫もかなり優先順位が高い筈だからである。なお、森林間伐については、そのための道路建設よりも、専門知識・熟練のある人の下で、人力主体でやる方が、治山治水面でも有効だという解説のテレビ番組(NHK)を最近視聴している。すなわち、節減の方法でも単純カットではなく組み合わせを変えるという方法がある。また、カットの中心とするべき事項としては、独立行政法人や公益法人等の来年度以降の事業を減らし、合併により法人数を減らし、とくに事業費に付随する事務費については大幅にカットをするべきであろう。これらの事務費(事務委託費を含む)は全体でどの位の額になるのであろうか、その情報公開をしてもらい、50%くらいは先ずカットすると金額的にはどの位になるのであろうか。このような工夫の下で、自公民・官僚癒着の政治を変えて欲しいし、その違いを国民にPRして欲しいのである。
 このようにして、取り敢えずの成果を上げ、民主党が参院選で第1党、過半数を制することが出来れば、そこで初めて日本の将来に明るさが感じられる日本の針路に関する戦略をフリーハンドで描くことが可能になるわけであろう。
 さらにこのようなことが分かると、今後万一衆参両院間で、ねじれ現象が起きたときに、どう対処するかのルール作りも、この段階では話し合いが進めやすくなり、2大政党と政権交替による民主政治の成果が一段と期待しやすくなると見られる。

 B以上の説明からもある程度は想像がつくと思われるが、現在の民主党政権のアキレス腱は、社民党・国民新党との連立のために、必要な構造改革が進めにくい点であろう。此は、自民党政権が、公明党との連立のために、厚生年金の抜本改革が出来にくく、結局はこれが、自公民・官僚の連立癒着政権の命取りになったことからも、想像がつくと思われる。最近の話題でも、亀井金融・郵政問題担当相の「徳政令」発言が、かなりの波紋を起こし、政権の前途を暗くしている。
 亀井大臣は、中小企業の不況による苦しみの実状については、情報通のようではある。しかし、経済・金融には、信用が基礎になること、中小企業金融には、「貸すも親切、貸さぬも親切」というかっての城南信金理事長小原鉄五郎氏の名言があるように、リレーションシップバンキングという特有の分野がある。亀井大臣は良い参謀(知恵袋)を持たないままに、感覚だけを根拠としての発言を繰り返すと、経済金融関係の担当は無理だという声が、信用が取引の基礎である市場から広汎に起こってこよう。また、一方で、指導者がよい参謀を持って、すばらし業績を上げた例も日本の近代史には目立つところである(注)。かくて、このアキレス腱をどう処理するかも、民主政権の当面の重要課題と言えよう。
   (注)この点は、拙著「日本の針路」で詳述しているので、御参照いただきたい。
         

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2009年09月09日

日本の針路・その2:政権交替・55年体制からの決別、9月9日投稿

◎マニフェスト選挙・今後の課題 、9月9日投稿

 今回の衆議院議員総選挙は、第1回目のマニフェスト選挙と言っても良いものであろう。先進諸国のマニフェスト選挙と比べれば、掲げられたマニフェストに、欠陥がないとは言えないものの、日本に漸く民主的な、即ち、近代市民社会的な、選挙が行われたものであるし、そもそもが、日本には、まだ、これに相応しい制度・慣習・統治機構が無かったことからすると、選挙により政権交替が行われ、国民の権利行使が選挙結果に反映したという事実が歴史に刻まれたという意味で、これは、それだけでも、相当に評価出来るマニフェスト選挙であったと思われる。兎に角、何よりも投票率が向上した点は、3流の政治が自己の地位・評価を確認する上において、また、失敗を反省する契機にもなるだろうとの期待を込めて、素直に喜ぶべきことであろう。これらについては、日本の民主化・日本の近代化・市民社会としての成長に資するであろうという意味合いで、これを素直に評価して良いと思われる。願わくは、新政権が政権交替の成果を或る程度でも上げ、また、選挙に負けた前与党もこれと対応するように、国民はどの点で前与党を見放したのかを謙虚に反省・学習してもらうこととして、与野党が共々に三流からの脱出と地位向上に向けての動きを行って欲しいものである。そうして、さらに言えば、政党や政治が、そのように3流から脱却しようと努力したのだから、マスコミも同様に、この選挙を通じて、国民に正しい情報を伝え、国民の啓蒙について、その役割を果たし、2流のレベルから脱却して欲しいところでもあった。しかしながら、ブログ筆者の独断と偏見から言わしてもらえれば、マスコミのマニフェスト選挙に対する報道振りは、目下のところ相変わらず2流のままであり、この点は今回の選挙を通じても、まだ残念さがかなり残ったように感じている。マスコミについては、選挙の経緯を再度見直すことにより、今後の精進を期待したい。
 このブログは、その副題にあるように、@老害大国を克服しよう、という点と、A歴史から学ぼう、という点にその力点を置いている。そうして、今回の総選挙は、第1の点、老害大国の克服について、一歩の前進は確実に出来たように思われる。兎に角、老人の多かった自民党大物議員に落選が多く出たこと、一方、民主党では、新人の若い議員が多数当選しているからである。若手新人について、その力量を心配する声が、マスコミを賑わせているが、兎に角これから勉強してもらうように期待するべきであろう。マスコミは2流を脱出するには、国民の啓蒙の一環として、新人議員の啓発にも役立つような、そんな啓蒙的な報道とはどんなものかを研究追求してもらいたいと思う。その具体策は、折を見て後述したい。
 さて、上記のコメントを具体的に説明したいところではあるが、末期高齢者の筆者としては、このところ稼働率が低下しており、今後は、月1回程度に投稿頻度を落としたいと思う。抽象的な方向付けの結論だけで、努力不足の点は、マスコミの悪口を言った後では、弁解の余地がないが、高齢故お見逃し頂きたい。
 今日のところは、実は書きたい材料はかなりの項目が有るのではあるが、消化不良・表現力未熟の状態にあるので、取り敢えずは2点だけを挙げておこう。
 第1の点は、民主党の国家戦略局(会議)は、小泉改革初期の経済財政諮問会議に当たるものであり、戦略的な政策を生みだす要になることが期待される。これを担当する菅直人氏は、英国の議院内閣制度を視察したとのことである。(注)  この前向きの動きについては、今後に期待をかけたいと思っている。
   (注)目下のところ、小泉改革について、これを低評価する日本教の「空気」が世間では悪宣伝され
     ている。勿論小泉改革が100%正しかったと言うつもりはない。しかしながら、ここ数年の歴史を
     丹念に観察すると、小泉改革は、失われた10年の脱出に成功し、これを成功させた主要因は民
     営化とも言うべき、斉藤惇氏指揮による産業再生機構の成功の功績が一番と言うべきではない
     だろうか。そして、この戦略は、小泉・竹中コンビによる経済財政諮問会議の活用から主として生
     まれたものと言えるのではないだろうか。以上の点は、このブログでは、'07.11.14〜21に述
     べた。ただし、この過去ログは既に自動消去になっているので、拙著『日本の針路・戦略不在シ
     ステム・「カイゼン」への道』第3章、c)、D啓蒙について――構造改革推進に啓蒙も不可欠、小
     泉・竹中流の啓蒙――、を御参照。
      また、菅直人氏の事前準備については、日経新聞:2009年9月6日:けいざい解読欄を御参
     照。同氏は、自分の視察実施の他、英国財務省への3年間の出向体験を持つ、大蔵省主計局
     の高田英樹氏(36)の出向体験報告書 (http://www.geocities.jp/weathercock8926
     /treasuryfinalreport.htm
)をも参考にしているとのことである。
 第2の点は、連立政権の仕組みについて、自公民政権が何故今回破れたのか、という歴史的事実の究明において、連立のあり方に問題があったのではないかという観点からの検討が望ましいことである。せっかくの政権交替であるから、政権のあり方に少しでも進歩が生まれることを期待したい。
 自公民政権の行き詰まりは、自民が公明にキャスティングボートを握られた形で、必要な年金改革をおかしな形で先送りし、しかもそれを100年安心のシステムだと、先ず公明から出た厚労大臣が発言し、自民の派閥の領袖も100年安心の発言をフォローするようになったと記憶する。この後年金不安が盛り上がり、年金不安が自公民政権瓦解の主因の一つとなったと見られるのである。それも、自公民政権は、官僚の数字を鵜呑みにしていたものが、民主党長妻議員の追求により、そのウソが次第に解明されていったことで、国民に政権交替の必要性が良く伝わったと思われる。
 マスコミには、麻生前総理が、官僚を使いこなすことが大切だ、民主党にこれはできないだろうと発言していたことの反映かと思うが、上記(注)の日経記事にも、「官僚をどう使いこなすかが民主党政権の課題だ、という識者が多い。自公政権もまた官僚機構を使いこなしてきた。……」と書いている。筆者としてはご冗談を、と言いたい感じである。年金問題にしろ、その前の「ゆとり教育の是正」という教育改革にしろ、官僚の作った筋書き通りに、自公政権は対症療法を繰り返し、結局は国民は選択の自由を失ってきているように、筆者には思える。そして、年金問題が特にそうであったが、自民・公明の隙を突いて、官僚は政府の肥大化を図っており、それが3流の統治機構として現存しているように思える。
 このような先例から見て、今回の民主党の社民・国民との連立政権は、官僚に踊らされないような心構えが、民主党にとり特に大切と思われる。要は官僚に正確な情報をはき出させ、この命令に不服従の公務員は、首相権限で罷免する。このため、命令不服従の公務員の実態を事後的にチェックできるように、事前準備しておくことが大切である。命令系統を一本化しておく、各省間調整を役人任せにはしない。連立与党間の意見の相違を役人に悪用される余地を残していた自公民政権の失敗を、今後は絶対に繰り返さないこと、などが特に大切である。
 自公民政権の失敗の追求、その原因の究明を、はじめの半年くらいは特に力を入れて行うべきではないだろうか。その調査結果を国民に公表し、それだから、本年度補正予算の組み替えや、来年度予算編成で各省要求が出ているものを、相当程度民主党公約に沿って組み替えを行うことが必要との根拠を示すべきであろう。組み替え可能のものをなるべく沢山洗い出し、組み替えが望ましいことを国民に説明することが大切と見られる。その折衝過程で役人の情報隠しを如何に抑えるかが大切と見られる。つまり、連立政権で、社民や国民新党の主張もあるだろうが、脱官僚の姿勢を優先するとの方針で、当面の方向性を一本化し、政権交替の実績を国民に見せることが肝要であろう。政権交替があって良かったと国民に思わせる実績を作る、おかげで国民は助かったと国民に思わせることが国民の負託に応える所以であろう。このような方向で、政権を発進させることが大切と見られる。
     
      
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2009年08月27日

マニフェスト関連:少子化対策について、8月27日投稿


◎ワークシェアリングと整合的な労働需給対策(その5)、8月27日投稿

 マニフェスト選挙の動向を見たところでは、2大政党のうちどちらの党も日本民族の将来に明るさをもたらすような道筋を示す、そんな希望に繋がるマニフェストを示すことが出来ていないようである。国民の人気取りを考え、ポピュリズムを煽るようなバラマキ合戦をしないと、選挙には勝てないと言うことであろうか。その面もあろうが、これには日本教の影響を受けたマスコミ・特にテレビがこうした傾向を煽る点で、末期高齢者の筆者としては、このような風潮は、大平洋戦争開始後約半年を過ぎた頃以降の、日本の動きをそっくりなぞるようで、まことに寂しい気持ちとなってしまう。
 要は少しでも早く、少子化対策に手を付けること、それと同時に少子化をもたらした、賦課方式の年金制度を、平均所得以上の部分についてという制限付きで良いから、また、計算上のものでも良いから、積み立て方式の年金制度へと、5年程度で切り替えてしまう、この切り替えも、早期に済ませるために、相手が富裕層であるから、概算の方式でスタートさせ、民族の絶滅種からの脱出のために相応の協力をしてもらうという方法で、此は、あたかも、太平洋戦争中に、貴金属の供出をさせられたような方式で、行うことが望ましいと考えている。
 この切り替えは、国民に、社会保険番号をふらないと出来ないと言っていては、手遅れになると見られる(こう言うのが官僚の発想であり、日本教の発想である)。大平洋戦争を終結するのに、もっと良い方は無いかなどと言っていて結局手遅れになったことからみて、その歴史からの学習が欲しい局面である。兎に角古い道を捨て、試行錯誤すべきであろう。後知恵ではあるが、沖縄戦をやる前に、また、3月10日の東京大空襲を受ける前に、また、広島長崎に原爆を落とされる前に、なりふり構わず、降参する道は無かったのであろうか。また、こうした歴史から、日本教の悪い面の持つ大欠陥について、教訓を引き出し、反省する余地はないのだろうか。
 正に、この反省を実行するものとして、この際はチェンジが起こったならば、第1の課題として、百年安心と言って来た自民党・公明党・及び厚労省の官僚達は、実は、国民をだましてきました、という調査結果・その証明を、次の政府は、国民のために是非行って欲しいのである。あり得ない資産運用利回りを前提とした年金制度の試算がこのところ出始めているが、そしてこのインチキ利回りを前提とすれば、先行き5年は現行年金制度は、取り敢えずは破綻しないという試算説明のようなのである。此は裏を返せば、「百年安心などとは到底言えない」ということになる筈であろう。即ち、あと約30年で年金積立金が枯渇するという試算さえもあると聞く。斉藤惇氏のような有能な民間人や、そのチームには終身年金保険会計に詳しい人達にも加わってもらって、かなり包括的な実態調査・解明をなすべきところであろう。今の年金制度は積立金が何時底をつくのか、100年は到底持ちそうもないことを明らかにすべきであろう。厚労省の官僚達が、如何に虚偽の情報を流して、国民の将来生活を危険に陥れたかを明らかにすることが、チェンジが出来た場合の新しい政府の行う最初の仕事・肝心で最重要の仕事と言うべきである。これができれば、チェンジにはそれなりに値打ちがあったことになる。さらにその上で、では次の手として、どうすれば良いのかという打開策案を作ってもらって、試行錯誤をしてみるというのが、日本の民主化、近代市民社会化のために必要不可欠な事項と考えられるのである。複眼思考から来る戦略的対応とはこのようなところから出てくることになろう。
 選挙に勝つためとの意図によると見られるが、民主党はかなりのバラマキ的公約をマニフェストに記載している。此については、日経新聞8月18日の「大機小機」欄で、吾妻橋氏は、「民主党は豹変を」という表題で、次のようにも述べておられる。此も卓見と思われるので、引用紹介しておこう。
 『…… 自民党との差を示すべきだ。
 民主党マニフェストの中核は行財政改革だ。個々の補助金を追求すれば、それと結びつく利権との戦いになる。これを国会特別調査委員会などで徹底的に洗い出し、大幅に減らせれば、民主党への信頼度は格段に高まるだろう。
 地方分権も …… 既に地方分権改革推進委員会が作成し、官僚に無視されている提言を次々と実現させればよい。 …… 自民党との違いを示す試金石となる。
 来年の参議院選挙を目指して、再びバラマキ政策を続けるのではなく、非現実的公約は幾らでも先送りすべきである。明治維新で「攘夷」を掲げて幕府を破った薩長連合は政権を取った後、堂々と開国した。ポピュリズムに基づく公約を再考しなければ、真の改革は実現できない。
 民主党は政権を取ったとしても、当初はまだ ”仮免許”の段階だろう。自民党と比べた政権担当能力を次期参院選までに証明して初めて、本格的な長期政権が実現すると言えよう。』
 以上の吾妻橋氏の意見は、民主党政権が出来た場合には、自公民政権との違いを打ち出す点を優先せよという点で、筆者の戦略的主張と類似点があると思うが、如何であろうか。
  ところで、現在では仮定の話ではあるが、政権交代が起こった場合に民主党政権にやって欲しいこととは、此までの自公民政党・厚生官僚癒着の政権下では、大いに不足していた年金に関する真実の、また、信用出来る情報、特に、国民が納得できる、かつ、国民がもっともほしがる情報を掘り起こし、国民に供給することでは無かろうか。これまではその情報が余りに少な過ぎるように思われる。また、此については、民主党長妻昭議員が、此まで議会における質問の形で、その掘り起こしをかなりやってきた実績もある。勿論、まだまだその掘り起こしは大幅に不足している。それ故に、これを国民がほしがる情報を中心に組織的に拡充して欲しいというのが、筆者の期待である。この情報提供は、長妻昭議員の個人プレイだけでは到底出来まい。だから、上記では、斉藤惇氏のような人材の下、終身年金保険会計に詳しい人達に加わってもらって(長妻氏もその1員、または、サブリーダーでは如何か)、組織的な調査委員会を作ることを提案している。
 筆者としては、その答申案は、上述したとおり、富裕層の年金は、賦課方式から、計算上の積み立て方式へと、5〜10年程度の経過期間で切り替えることを内容とするように提案している。これをするには、国民背番号制が必要になるなどと言っていては、この改革は100年河清を待つことになってしまう。制度移行のモデル・ルートを所得階層別、過去5〜10年の近年の個人所得変動パターン別に計100通りくらいを試算して、そのうえで、新定年者から定年選択制を実施する。此は、ワークシェアリングをほぼ同時的に始めるということでもある。 
  この移行方式を説明すると、此までの定年で、基礎年金は引き続き国民年金も厚生年金等も支給は開始されるが、国民年金基金・厚生年金基金等(2階建て部分)が担当する部分については、新定年者には直ちに定年選択制を開始する。また此までの比較的新しい年金生活者については、「現役の50%の所得代替率」という基準が、過去約20年間で「行って来い相場」のように変動しているので(注)、この変動から来る不公平を制度移行ルートの中で可及的にならすように移行ルート作りを行うこととする。また、ワークシェアリングを伴う移行ルートを選択しない場合の新制度へのなし崩し的年金削減ルートも、新制度なかりせばの年金基金積立金の枯渇予想に応じて、年金を漸減させざるを得ないと考える。この漸減は、要は、旧制度ではマクロスライドと称して行われていたものが、100年安心の化けの皮がはがれたことによる当然の急速なスライド制の実施と言えないこともないのである。(このスライド経路は不利だから余程の大金持ちだけが選択することになろう)
      (注)当ブログ6月21日投稿記事で、日本の1世帯あたりの平均所得は、バブル期には、1988年か
     ら93年までの5年間で約545万円から660万円へと5年間で115万円増加した(約2割増加)。 
     その後1993年から1998年の5年間は高水準横ばいであり、1998年から2007年の9年間
     で、約650万円から550万円へと100万円減少した(約15%の減少)。このように平均所得が
     大きく上下に変動することを考慮すると、年金支給時にその後の年金の支給額が決まる現行の
     年金制度にあっては、「現役の5割という所得代替率の維持」という、本来は年金の公平性を指
     向した規則自体が、かえって大きな不公平をもたらすことになりかねない。要は、賦課方式自体
     が、大きな不公平をもたらしかねないのである。当ブログが、中以上の高所得層については、計
     算上の積み立て方式に移行すべきことを推奨する理由は、この点にもあるわけである。
 ところで、現行制度では、60才定年で標準世帯のモデル年金は、年24万円と記憶している。これをワークシェアリングで、70才定年にまで、収入不足を補うには、どの位の定年後のアルバイト収入が必要になるか、概算すれば次の通り、確か、1階部分の年金は月16万円、2階建て部分が月8万円、合計24万円だったと記憶するが、時給8百円・8時間労働=日給6,400円、週3日働き年50週と概算すると、年収は96万円、2階建て部分の年収の96万円とほぼ同額になることが分かる。ということは、平均余命を80才までとすると、最初の10年、60歳から70歳までを週3日のアルバイトで年収減を補い、その後の10年をアルバイト無しで、付加年金でもらうとすると、現行年金の支給水準が、積立金の食いつぶし無しに維持できるという見通しが余裕含みで成り立つ立つということである。
 そして、どの程度のアルバイトを老後に行うか、また、いつまで働き続けるか、そして、完全隠居をどの年金水準で始めるかは、当然個人差のあることであるから、このような定年の選択制実施は、最大多数の最大幸福に繋がることになるはずであろう。(これがプライスメカニズムの恩恵というものである。) 
 個人差のある各人が、自分は旧制度から新制度に移行する場合にどの移行経路を選ぶのが良いのか、その場合の移行経路モデルを、上記では100通りくらい、年金制度改革推進委員会(斉藤惇モデル・仮称)に作ってもらうと記述したが、以上のように見てくると、この情報が今国民がもっとも知りたい情報であろうと筆者には思われる。この情報が分かると、国民は自分の老後の生活設計が自分の好みに合わせてかなり確実に行うことが出来るし、それ故また、此までが老後の不安のため、消費性向が低くならざるを得なかったものが、消費性向の向上とか、新規投資の試行を可能にするという好結果さえ期待出来るのではないかと思われる。
  つまり、現在国民が年金不安を持ち、これをどう解決出来るのか、この解決にはどの位の犠牲(必要経費)を何処が負担するのかが関心の的と考えられる。つまり、これが国民の一番知りたい情報であるはずだ。これを第2の斉藤惇チームに、或いは、長妻昭議員の活動の延長として、新政権に優先実施して欲しい政策・戦略であると筆者は考えるものである。
  こうした動きを待つ人々もあるようである、日経新聞:6月20日付:大機小機欄で、パピ氏は、「高度成長期の真面目な戦士たち」との表題で、次のように述べている。(以下引用)
 『…… 共通しているのは、こんなにいい時代が何時までも続くとは思えない。我々は良くても子孫の時代が心配だ、という日本の将来への懸念である。 …… このまま子孫に付けを残していくのを心残りに感じている真面目人間が以外に多いのである。
 …… 若い世代(に)…… 日本全体の舵取りにも遠慮せずに参加してもらいたい。心ある「老兵」たちも応援していることを忘れずに。』
 今回もマニフェスト選挙との関係で、周辺の説明が長くなり、ワークシェアリングでの雇用促進とも合わせ、失業対策事業の話をするスペースが無くなってしまった。選挙前に、何とかけりを付けるという意味で、簡単に概要を示すと、ワークシェアリングで、20歳代30歳代の過労生活を軽減援助する、バックオフィスを中心とする事務系の仕事が、ワークシェアリングの中心となろう。また、団塊の世代の大量退職については、後進の指導・後進のキャリアアップを助けるメンター役などを考えても良いのではないか。失業対策という意味では、日本では、統計が不足しており、基礎となる経済統計、国際比較統計、データーベース、データーベースの維持管理の仕事は、社会資本の充実と言う意味で、此も日本が戦略的に働ける国家になるためには必要不可欠のはずである。耕作放棄地の多い農地を整備するという点、間伐がないために、土砂崩れを起こす森林、これらを失業対策事業として整備すること、ついでに間伐材を麓におろして、積層材にするとか、製紙原料にするとか、或いは発酵させてアルコールを造り、燃料化出来ないか、など、知恵を絞る余地はすこぶる多いと思うのだが。
 理系の仕事はむしろ労働者不足のようであるが、専業主婦の習慣を改めるよう、配偶者控除の税制を廃止し、むしろ、共稼ぎで子作り・子育てを行うような、そんな男女共同参画の生活習慣社会を作ることで、この辺は解決するのが、自然の法則とも照応するようになると思われる。これを行うと、女性に意外に優秀な人材があると判明するのではないだろうか。
 では、選挙を通じて、日本教の悪い面が是正されることを期待して選挙結果を待ちたい。
      
      

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2009年08月15日

マニフェスト関連:少子化対策について、8月15日投稿


◎ワークシェアリングと整合的な労働需給対策(その4)、8月15日投稿

 今回も本論から遠い話のようになるが、マニフェスト選挙に関する党首討論への感想から話を始めたい。自民党麻生首相の主張は、このブログでは既に批判済みの(7月27日・8月6日付当ブログ参照)、経済学的に言えば動学理論の裏付けを欠いた、3流の内容であった。一方、民主党鳩山党首の、これに対する受け答えも、自民党と同程度レベルの議論に終始していた。ということは、「将来の方向性を意識し、その方向性を持つために、当面の4年間で為すべきことの優先順位は何かを語るもの」というマニフェスト本来の狙いからはかなり外れた内容で、この議論は終始為されたのである。ポピュリズムに迎合し、政権交代・権力指向自体を目的とする主張のやりとりであった。3流政治の寂しい限りの論戦であり、国民を啓蒙する機会であるはずなのに、これを全く無駄にした残念な内容であった。しかし、そうは言ってもまだ投票日に至るまでには、時日がかなりあるから、マスコミなどが注文を付けるなり、両党首に質問状を送付する様な方法で、もっと啓蒙に役立つような内容の論戦が、なお続けられるように期待したい。
 マニフェスト自体について言えば、民主党のマニフェストは、高速道路の無料化のように、バラマキ色が強い政策も含まれているが、少子化対策の金額が大きい点や、年金改革を全面的に行うという内容を持つ点(内容自体が正しいかどうかには疑問が残るが)などは、日本の危機に対する原因療法に多少近いという、評価すべき点があるのかなという感触が自民党案よりは強いと思われる。この辺を感触ではなく、もっと突っ込んで議論してもらわないと、国民の啓蒙に役立てたいという、マニフェスト選挙の狙いが、忘れられてしまう懸念があるわけである。
 マスコミ上に、今回の選挙は、歴史的転換点に当たり、日本の将来の方向性を争う選挙であって欲しいとの見方が、識者の評論の形で語られていた。
  例として、日経新聞夕刊・「十字路」欄:島根大名誉教授保母武彦氏の記事を引用紹介しよう。
 『…… 政権の継続か交代かは重要であるが、それだけで歴史的転換と言えるだろうか。…… 国際的には、20世紀の覇権国であった米国の衰退と中国その他の新興国の台頭の中で、日本は戦後続いた外交路線の見直しを迫られている。国内では、制度疲労した明治以来の中央集権体制の抜本的見直しなど、国家体制のあり方が問われている。…… 基本政策が似通った政党同士で、「政権の継続か交代か」を争う意義が何処にあるのか。このままでは、歴史的転換に乗り遅れるのではないか。投票日までの真摯な政策論争を期待したい。』
 もっともなご意見であるが、もう少し具体的な提案を伴わないと、2流のマスコミにも、国民への啓蒙の点からも、今ひとつの感が残り、より詳細な説明が欲しいところであろう。
 幾つかの問題を、筆者の独断と偏見を加えながら、各種施策の優先順位とそのように優先する理由を、以下では、具体的に考えてみよう。
 第1、外交路線で言えば、いよいよ、パックスロマーナ、パックスブリタニカ、パックスアメリカーナ、と続いた強大国の下での世界平和が、核兵器の存在もあって、漸く国際機関を中心にした多数決による平和維持が可能になるのか、或いは、ならないのか、が一つの問題点として浮かび上がってきたと言えるだろう。米ソ間の対立の下では、これは結局出来なかったのだが、米中間の話し合いの場合はどうなるのであろうか。周辺を見渡すと、先進国も、米・EC・日本と複数になり、中進国も、BRICsと複数になるので、多数決を多用しようよ、という機運が多少は出やすくなったと言えるのではないのか。此へ向けての発言が出ることを期待したい。また、核兵器によるテロの危険があり、その防止には国際間の協力の必要性が一層高まっていることも、この方向に向かっての有利な動きが出やすいという期待を高めるものとなろう。それだけに国連の役割が強まり、反面、集団安全保障や、国土の武力防衛のウエイトが下がっても良いと言うことになるのではなかろうか。此は楽観に過ぎるのであろうか。いずれにしろ、外交のこの点は、内政の制度改革とは独立に考えて良いから、以下の内政問題とどちらを優先すべきかの問題は、格別に詰める必要はないと見られる。
 第2、国内の制度疲労については、何を優先順位にして手を付けてゆくのかが問題となろう。筆者は、少子化危機が、@国内の複数の制度疲労の結果として出ていること、A少子化対策は効果が出るまでに時間がかかること、かつ、B少子化対策は将来に明るさをもたらすという点では、経済の需要面・供給面・技術進歩面、のいずれにも期待をかけ得る内容を伴うものなので、将来の希望という面では最強力の手段になると見られること、以上3つの理由から、優先順位第1位で手を付けることを主張している。すなわち、これには中央集権体制の中で、その弊害が目立つ、官庁間の縄張り争いの中止、信賞必罰体制の導入、高級官僚の人事権を各官庁から分離すること、などが実行の過程で必要となるものである。(内容説明は後述)  また、此は、国民生活の慣習の変更を伴うものであり、ワークシェアリング・終身雇用見直しといった制度の変化・日本教の修正が同時的に望まれることになる。
 第3、麻生首相の言う景気対策は、需要面の対策しか考えられておらず、少子化対策が需要面・供給面・技術進歩面での対策を含むことに対し、遙かに見劣りする内容である。この点は、少し以前の歴史や経験から見ても、小渕内閣等の需要面からの景気対策では失われた10年の不況からの脱却が出来ず、その脱却には小泉構造改革を必要としたことから見ても、この点は明らかであろう。少子化対策の需要拡大のみでは、需要が不足すると見られる場合にのみ、その後順位として、また、その不足分の穴埋めとして、あくまでも時間つなぎとして、こうした景気対策が是認されることになる。
 第4、国民の関心の強い年金制度改革はどのように扱うべきだろうか。筆者の考え方は、年金制度の破綻への道と、少子化の動きとは、相互に因となり果となって進行しつつあるものと見ている。そして、少子化を止めれば、年金制度の破綻を食い止めることは容易に出来るが、年金破綻を将来世代に付けを回す形で、つまり、消費税の増税のかたちで年金破綻を食い止めても、少子化は止まらず、ひいては、この方法では明るい将来を描くことが出来ない筋合いなる。詰まるところ、少子化防止と、年金破綻防止と、どちらを優先すべきかというと、少子化防止の方が優先だと言わなければならない。この辺を、国民に良く周知させることが大切であり、年金制度改革の場合、なるべく消費税増税を避け、世代内で余裕のあるところに負担を求める形が望ましいということの説得が、重要かつ必要と考えるものである。具体的に言えば、平均所得以上の国民には、制度改革後の年金は計算上の積み立て方式で支給することになる。(過渡期の急変を避けるつなぎ対策は当然別途過不足無く実施されるべきである)。(注)
   (注)当ブログ6月21日投稿記事で、日本の1世帯あたりの平均所得は、バブル期には、1988年か
     ら93年までの5年間で約545万円から660万円へと5年間で115万円増加した(約2割増加)。
     その後1993年から1998年の5年間は高水準横ばいであり、1998年から2007年の9年間
     で、約650万円から550万円へと100万円減少した(約15%の減少)。このように平均所得が
     大きく上下に変動すること考慮すると、年金支給時にその後の年金の支給額が決まる現行の年
     金制度にあっては、「現役の5割という所得代替率の維持」という、本来は年金の公平性を指向し
     た規則自体が、かえって大きな不公平をもたらすことになりかねない。要は、賦課方式自体が、
     大きな不公平をもたらしかねないのである。当ブログが、中以上の高所得層については、計算上
     の積み立て方式に移行すべきことを推奨する理由は、この点にもあるわけである。
 そうして、以上の様な正論が、何故此まで行われにくかったのかという点も、この際見直すことが重要である。此までの説明から、年金制度改革が出来にくかったのは、官庁間の縄張り相互不可侵の慣行や、日本教という生活習慣変更への抵抗感、といったものがあると見られよう。かくて、少子化対策は、年金制度改革とも整合性有る形で行うべしという、つまりは、少子化対策を、例えば児童手当の支出という単独の政策だけでは、その効果は限定的になるよ、という問題点が明らかになるのである。
 かくて、少子化対策は、年金制度改革との関係で、上記で注意喚起を行ったように、ワークシェアリング、若年層の総労働時間の短縮、長期雇用者の定年についての選択制導入、これを容易にするための税制改正、等が同時的に実施されなければならないのである。そして、これに官庁が抵抗するようであれば、小泉改革が成功した例にならって、年金制度の抜本改革の立案は、斉藤惇チーム・産業再生機構が行ったような方法で、時間がかかる公務員制度の全面改革を待たずに、一部これを先行実施する形で、行うことが望ましいということになるのである。
 第5、上記の案件を円滑に行うためには、日本教という難関があることも同時的に考慮する必要がある。このような複眼思考が是非とも必要と考えられる。これには、筆者の偏見かも知れないが、教育制度の改革が重要性を持つ。小泉改革が、「米百俵の精神」を掲げて国民に負担を求めたように、今回の年金改革や、ワークシェアリングなどの、将来の希望を取り戻すための改革においては、「米百俵の精神」を地で行く教育改革・その制度改革がなければならないと考える。それにつけても、ついこの間の安倍内閣の「ゆとり教育の是正」という教育改革は、かなりの方向音痴であったと言わざるを得ない。大学入試に狙いが偏った知育偏重教育という日本教育の欠陥は、ゆとり教育の是正という今回の学習指導要領の改正では、余り是正されない可能性が強いのである。世界の先進国の動きは、OECD諸国がPISAの学力調査が狙いとするように、知育偏重ではなく、論理的思考力、読解力の調査を行い、その向上を図っていると見られる。つまり、この学力調査は、論理的思考力の向上を狙いとする研究の動きなのである。此と対比すると、今回の日本の「ゆとり教育の是正」という動きが、遺憾ながら、方向音痴と言わざるを得ないことになる。
 日本の危機は、日本の教育の劣化からも、もたらされている。少子化の危機は、生物学の知識不足からも起きている。女性は20歳代で初産を経験しないと、異常分娩の比率が急上昇するという統計値があると言われる。また、30代で子育てをすると、乳ガンになる確率が急上昇するという統計値もあるようである。日本民族が絶滅種になるかどうか、少子化傾向が30年・40年も前から続いており、複眼思考をすれば、当然その対策が検討されなければならないのに、此までこの問題が殆ど無視されたのは何処に問題があり、何処に欠陥があったのであろうか。今頃女性が、30代になって「婚活」を口にするのは、義務教育の内容に欠陥があったからと言わなければならない。因みに、小学生の高学年に、理科の科目がかっては存在したそうである。そして、此は、ゆとり教育の実施と共に、理科に代わり消費生活教育に吸収されたという。そして、今回の「ゆとり教育の是正措置」では、小学校高学年での理科の復活が行われなかったのである。この事実も、ゆとり教育の是正措置が、方向音痴で行われたことの証左になると言えよう。
 日本の教育の方向性が、全体として方向音痴であったことは、理科系の大学入学者数が、最盛期の6割に減っているという事実にも表れているのではないのか。
 一方、全体の失業率は高くても、特に労働力不足と言われる職種は、介護職、産科医、小児科医、プログラマー、システムエンジニア、原子力技術者、など、理科系の技術職が不足している。此は教育政策の失敗と言えるのではないのか。このような事情を根拠に、前項の厚労省・年金改革プロジェクトと同様に、文科省の教育制度の抜本改革プロジェクトにおいても、小泉改革の斉藤惇プロジェクトチームのような方法で、教育委員会制度は今のままでよいのかとか、中央集権的な学習指導要領の全国一律のやり方でよいのかとか、ソ連邦の崩壊で、東西対立が無くなったのに、相変わらず文科省と日教組が、全国ベースで対立があるような事態は、異常ではないのか、とか。発想の転換・複眼思考の上で、教育への基本姿勢を問い直した方が良いと見られる。「ゆとり教育の是正措置」の際に改訂された「教育基本法」も、もう一度観点を変えて議論し直す必要があると見られる。此は、筆者の偏見かも知れないが、あくまで此は複眼思考が大切なテーマであると考え、厚労省と同様に、文科省の大失態の責任追及の形で行われるべきではないかと考える。
 第6の公務員制度の改革と、第7の道州制・地方分権の問題は、これらはこの4年間に集中的に議論をする問題で、勿論着手できればそれに越したことはないのだが、議論・答申を一本化することが、なかなか容易ではないと考えられよう。方向を決めることが難しいくらいだから、マニフェストに数値目標を掲げることが先ず難しいという大きなテーマである。両方とも、マニフェストの総論で、方向性を掲げることが出来れば、それで良しと言うことであろう。公務員改革については、厚労省と文科省で、その試行が行われることになる。斉藤惇チームが成功したような方法論の成果を、両プロジェクトが出してくれるかどうか、また、この両者は一部では協力関係も出てくるはずであり、これをどう処理するかも研究課題になると見られる。
 第7に、農林業問題・農地問題、地球環境問題にも触れられれば良いが、これらは、上記第1〜第5よりは、相対的に優先度が低いと考える。
 上記第1〜第5でも、相当錯綜しているから、これらを分かりやすく啓蒙することが、マニフェスト選挙では特に大切と考える。

 なお、漸く本題の「ワークシェアリングと労働需給対策」を次回には取り上げたい。

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2009年08月10日

【マニフェスト関連:少子化対策について】8月10日投稿


◎ワークシェアリングと整合的な労働需給対策、8月10日投稿

 今回も自民党批判にウエイトがかかってしまうが、当ブログとしてはその副題にも有るとおり、老害大国をどう克服したら明るい未来を開くことが出来るのかを考究する立場を取っており、それが自然に、老害が特にひどい自民党にウエイトのかかった批判となっていることをご留意願いたい。この老害のひどさは、小泉改革を誤解する形にも表れていることを、今日は取り上げたい(表題のテーマからはかなり離れているが、日本教蔓延の雰囲気の中で、これを分かりやすく説明するためには、この脱線もやむを得ないと筆者は考えている)。
  即ち、今日のテーマは世上では、『小泉改革は「格差」を拡大した。よって小泉改革路線は修正されるべきである。』と「主張・誤解!?」されている点を取り上げる。この主張は、マスコミの日本教的報道もそのようであったし、筆者もその傾向は実は多少はあるのかなと思っていたところであったのだが、その問題点を扱う。
 即ち、今や日本の常識となったこのテーマは、実は誤りであると、日経新聞:'09年8月1日付:大機小機欄:で夢風氏が述べられたのである。しかもこの点は、今年の経済白書に書かれており、それ故に、白書の担当大臣(与謝野馨大臣)による「構造改革の裏側でひずみが出たことを正面から認め、現状認識として押さえるのは意義がある。」との(事実誤認の)コメントに、夢風氏はさらに驚いたとも述べているのである。
 この夢風氏の驚きは、筆者にとっても大きな驚きであった。それと同時に、これは、自民党の老害の大きさを改めて認識させられる驚きでもあった。与謝野馨氏は、自民党の中では世上真面目な勉強家として知られている方であるが、その人が自分の担当配下の若手公務員の調査物を曲解するかたちで世上に虚偽を流布するようでは、日本の統治機構は危機的状況にあると言わなければならない。
  そのような驚きと共に、筆者としては、夢風氏及び内閣府・白書担当者の手堅く、かつ、得難いご努力に、蒙を啓かれ、この得難い貴重な知見の提供に、敬意と感謝の意を表するものである。(注)
   (注)当ブログでは、7月27日の投稿記事で、今年の白書の原本を読まずに、マスコミの紹介記事を
     基に、白書批判を行って結果的に白書を誤解していた。なお、同時に、白書は、関係各省の了解
     を得ないと公表できないという悩みを持つことについても触れているので、この点を蛇足として書
     いておいて良かった、せめてもの慰めであったと思う次第である。
 以下では、夢風氏の貴重な主張を引用の形で述べさせていただく。
 白書による「格差の分析」は次の通り、
 『先ず、ジニ係数で、見た格差は、過去十数年一貫して拡大してきたことが分かる。しかし2000年以降は、むしろそのテンポがマイルドになっている。世間一般には、小泉改革で格差が拡大したと言われているが、事実は全く異なると言うことになる。
  さらに白書は、…… 格差拡大の背景に高齢化(格差の大きい高齢者の増加)…非正規雇用が増えたこと(=労働市場の構造的問題)…の要因を…示している。その一方で、世代内格差が縮小しているという興味深い事実を示している。
 一般には、規制緩和で競争社会となり、結果的に格差が拡大したとされる。そうであるなら、世代内の格差が拡大していなければならない。 …… (この間に、上記担当大臣のコメントなどが入る) …… 日本社会は諸外国に較べ今のところ(格差は)軽症だ。…… 競争が格差を生み出したという誤解は捨てなければならない。 …… 「格差にひるまず成長戦略で経済を強くしよう。それが格差是正への道だ」といった正論を聞きたい。』
 以上、夢風氏の卓見を引用させていただいた。
  多くの自由人が存在する民主主義社会では、格差のない社会はあり得ないのであるし、国民が全体として、真面目に努力をすれば、将来には明るさが感じられるという社会を目指すべきであろう。努力の差に基づく多少の格差はあっても仕方がないと言うべきである。このブログでは、目標とすべき社会像として、最大多数の最大幸福を目指せと、その一例を示した。この例は、イメージの湧きにくい表現であり、賛成できる人は少ないかも知れない。このほかに、科学技術立国という目標を推奨される方々が居ることも承知している。この科学技術立国は、日本の国状にもかなり合うものがあり、筆者としても惹かれる点は大いに有るのだが、もしこれを第一に掲げると、現在の政治・官僚の癒着状態からすると、また、日本教という日本人の悪癖がまだ十分に近代化されていない状況からすると、大きい政府主導の不経済な科学技術開発が跋扈し、また軍事技術の開発と、産軍複合体・民主主義を脅かすおそれのある団体・危険な政治勢力がさらに形成される懸念が無いとも言えないのである。この分かりやすいテーマは、不幸を招く美辞麗句になりかねないという難しさを伴っていると考える。
 翻って考えると、実は、美辞麗句を連ねて、国民を不幸の道に誘導するのは、日本教の得意とするところのようである。3流の政治・統治機構と、2流のマスコミとが、協力する形で、大平洋戦争・大東亜戦争は引き起こされたものであり、つまり、もし戦略的な対応、外交戦略を採り得たとすれば、大平洋戦争(=対米戦争)は避けられたはずだし、従って、日本国民の死者310万人という戦争犠牲者を、激減させる道はあったと考えられるのである。
 大平洋戦争は、大東亜共栄圏の建設とか、欧米植民地の解放とか、美辞麗句を掲げて、もし戦略的に対応すれば国民の犠牲を大幅に減らせたものを、結果的には上記の犠牲を出してしまい、しかも悪いことに、その後の日本と日本の現状とを見ると、こうした経験からの学習・反省がほとんど無いというまことに気味の悪い状況にあると考えられる。そして、この点で特に悪いのは、日本の3流の政治(統治機構)と2流の日本のマスコミである。
 このブログは、日本の危機の最大要因は日本の少子高齢化にあると考えている。そして、日本の少子高齢化傾向は、既に40年間も続いている。責任有る統治機構、また、これを監視すべきマスコミは、少なくともそれから10年間経過後の30年前の頃には、この危機について警告を発し、そして此は、同時に大平洋戦争からの必要な学習不足から生まれていることの啓蒙に着手されていなければならなかったと考えられるものである。このパラグラフの説明は、大平洋戦争を知っている世代が、最早ごく少数になってしまった現状では、現状について多少変だなと感じる人も有るとは思うが、何故こんな事が起こるのかを、上記の説明のように正しく理解できる人は、経験者が少なくなったことでもあり、それだけに、ごくごく少数になってしまったとゆうことであろう。それでは困ると、このブログは、2年半前からずっと、過去の経験知を基に、その経験を現在に役立てるべき項目を書き続けている。しかし、大平洋戦争・敗戦という、死者310万人という、莫大な犠牲を払いながら、つまり、莫大な授業料を払いながら、それからの学習がほとんど無いという日本教(注1)の現状を見直す必要性を強く感じ、筆者は今回の選挙を絶好の機会として捉え、マニフェスト検討を通して、これが啓蒙に役立つことが大切と考えている。つまり、マニフェスト選挙は、日本が近代的自由と自立の社会・民主主義の社会に近づくための絶好の機会である。改めて、この選挙を、お任せ民主主義からの脱却・近代的市民社会の建設に向けての機会にしたいと思う次第である。
 なお、我田引水になって恐縮だが、当ブログの過去ログが既に整理・消去されてしまっているので、日本教や大平洋戦争敗戦から得られる教訓を、この際少しでも多くの方に学んでくださるようにお願いしたい。(注2)
   (注1)サブカテゴリー:資料16:D(反省点4)組織の中の日本人の盲目性(山本七平・日本人論か
     らの示唆)、7/19日投稿
   (注2)筆者著『日本の針路・戦略不在システム・「カイゼン」への道』発行所ブイツーソリューション
     2008年5月(アマゾンの扱い有り)
      本の内容を示すものとして、当ブログ、サブカテゴリー:資料3:『日本の針路・戦略不在システ    
     ム・「カイゼン」への道』目次、5月28日投稿、も参照。
 このように述べてくると、日本のマスコミは残念ながらまだ2流の域を出ていない。日本のマスコミは、日本教から抜け出ることができず、どのような比較をすれば、民主主義の前進に役立つかという観点の抜けた平板なマニフェスト比較を行っている。それで例えば、自民党がバラマキであることと同時に、バラマキついて野党民主党の方はどうかという点も盛んに攻撃し、前向きに良い点を両党で比較することが少ないという状況になっている。平板的な比較では、民主党の方が自民党よりは多少マシという程度にしか評価が出ないであろう。民主党にも老害が存在するし、マニフェストも良い点もあれば、悪い点もあり、民主主義とは、試行錯誤をしながら良い方向へ向かうことが大切なのだが、その辺さえもはっきりしないという比較になってしまう。これでは国民の啓蒙には、効果が薄い。
 マニフェスト選挙を通じて、マニフェスト違反をして、その釈明(与党のマニフェストにはこの部分があってしかるべきである)を行い、此で国民の審判が、落第と出たならば、与党は下野するのが当然とするルールを作ることが、今回の選挙の一つの目的であって欲しい。当然、今回の選挙で、選ばれた党が、マニフェストを守れなかった場合には、次回の選挙では、国民の審判の基づいて下野するというルールに従い、このルールを定着させることが、日本の将来を明るくするためには大切と考える。民主党の藤井議員は、テレビ討論会で、この下野のルールを守るべし、民主党はこれを守ると発言していた。
 このような意味で、統治機構の改革=公務員制度の改革、政策の事後評価制度の強化、信賞必罰体制(特に、上級職中心で)の整備、地方分権というテーマもマニフェストで争点とすべき項目と考える。
 もっとも、争うばかりが能ではない。ねじれ運営で、自民党政権が立ち往生したように、与党・野党がある程度協力しなければうまくいかない難しいテーマをどう処理するのが良いのかも、今回の選挙を通じて、ルール作りをすることが望ましい。選挙で勝った政党のマニフェスト公約には、野党は反対のための反対、根拠のない反対、党議拘束による反対、などはしないというルールを、今回のマニフェスト選挙を通じて。成立させることが望ましい。また、このような誘導をすることが、民主主義社会におけるマスコミの役割だとの自覚が生まれて欲しいものである。
 このような意味で、全国知事会が、地方分権について、政党に対しどのような態度を取るのかとの質問を行い、各党のマニフェストに点数を付けたのは、一歩前進と言える。ただし、点数の評価基準が良く分からず、その採点結果については、採点者の能力を疑いたいと筆者としては感じる。点数を付けるのであれば、マニフェストの細目説明を、党首討論の形で公式見解を聞き、その上で採点をする位の慎重さが無ければ、この採点はあまりにも拙速と思われるのである。
 年金改革についても、少子化対策についても、教育改革についても、問題が余りにも大きいので、これらの点についても、また、情報通信技術の発達によりテレビ会議が出来るのであるから、タウンミーティングをテレビ会議形式で開き(このときは司会者が有能でないと困るし、ロバート議事規則(注)を心得た発言の交通整理が必要なのであるが)、国民の啓蒙に役立て、出来るだけ与野党が全員参加で協議し、基本原則は両党で合意する・多数決で決めるという道を開くことが出来れば良いがとも思う次第である。マスコミは、このような道に向けて、是非努力して欲しいものである。このような動きをしてくれれば、日本のマスコミも2流の域を脱し、1流に向けて前進できると思うが、如何であろうか。
   (注)ロバート議事規則については、当ブログのサブカテゴリー:資料14を参照。
 以下は、次回に。

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2009年08月06日

マニフェスト関連:少子化対策について、8月6日投稿


◎ワークシェアリングと整合的な労働需給対策、8/6日投稿

  自民党のマニフェストが漸く公表され、マスコミでは、各党のマニフェストの評価・点数付けが格好の話題となっている。此について国民はどのような受け取り方をするのが良いのだろうか。
 このブログの独断と偏見を含むとの批判を承知の上で、結論的に言えば、マニフェストの評価は国民が自分で考え自分自身の問題として為すべきものであり、マスコミは国民が判断をする場合に必要な客観的情報の提供を、先ずもって優先すべきではないかと思われる。
 ところがこのような立場から見ると、第1にマスコミが、(その形式は評論家に依頼する形のものもあるがこれ等をふくめて、)与党と野党のマニフェストを並列に並べて、点数付けをするものが多いように思われるが、このような姿勢は、基本的に間違っていると言わなければならない。このブログでは、既に政治は3流、マスコミは2流、経済は1流という一般的評価をしているが、今回の動きを見ても、この一般的評価はやはり正しかったのかと、国民への啓蒙の意味を含め、また、必要な啓蒙改善への動きとして、その評価の妥当性の検討、および、マスコミ実施の評価自体を評価の俎上に載せることを以下で実施してその結果を記述してみたい。そしてその上で、ブログの立場から各党マニフェストの比較評価結果について述べておきたい。
  具体的に述べると、日本の失われた10年からの立ち直りからの動きと今回の対策への動きとを対比して見ると、評価の手法はどうあるべきかが分かりやすいのではないだろうか。例えば、経済は一流と言われる経済界の戦略的対応についてみると、今回の世界的不況下の動きの中で、日産自動車は、配当を無配にした。役員賞与もカットした。雇用調整も実施した。そして、大切な点では、此までの基本的行き方で、環境対策への取り組みに出遅れた点を明確に失敗と認めたことである。具体的にはハイブリッド車開発に遅れたことを失敗と認めたのである。この失敗の大転換として、今後の開発の主目標を電気自動車の開発に主力を置くことを明らかにしている。電気自動車の普及には、大容量の蓄電池の開発と、充電ステーション網というシステム開発・同普及との双方を必要とするという難関があり、実用化にはまだ時日を要すると見られる。しかしながら、失敗を失敗と認めることにより、今後は失敗からの学習による進歩の芽を模索し、発展への長期的体制固めを同時的に行っていることが見て取れる。このような長期・短期の対応の双方をきちんと出来る点が、一流の一流たる所以と言えるだろう(これに対比する政治とマスコミとの批評については後述)。自動車産業でも、成功のグループと見られる、トヨタとホンダでさえも、今回の世界的不況に対しては、在庫調整と、過度の外需依存という問題点のため、減配と雇用調整、設備投資のスピードダウン・組み替えなどを実施している。このような調整能力を内部に持つ点が、相対的な勝ち組であれ、負け組であれ、長期対応へ向けての自己調整をなし得る点・経営能力を保有する点・戦略的対応を取りうる点・その根源となる複眼思考をなし得る点が、経済は一流と言わしめる所以と見られるのである。即ち、これらは自浄作用を持っている。何らかの形で、信賞必罰の行き方が取られているのである。
 これに対する、3流・2流(政治・マスコミ)の環境対応力、変化への対応力とはどういうものであろうか。即ち、戦略的な動き方として評価できる点は、どのように発表されたマニフェストに表れているのか、或いはいないのか。
 このような視点に立って、政治とマスコミのマニフェストのついての考え方とその評価の姿勢について、典型例を挙げながら批評してみよう。
 間接的にもせよ、手続きを経て一国の総理に選ばれた人に対して、失礼な言葉を使って恐縮だが、換言すれば、複雑なこと・複眼思考を一般国民にわかりやすく解説しようとの意図であるから失礼の点をお許し頂きたいのだが、麻生総理の説明は、論理的には繋がりが無い、分かりやすく言えば、大筋に着眼すると「支離滅裂」に近いと筆者は評価する。正に政治は3流だと言いたいのである。
 前にも同じことを述べその繰り返しを詳しく述べることになるので、煩瑣の点はお許し願いたいが、「景気回復が第1に重要であるから、景気が回復したら消費税を上げる、これで財源の手当計画を述べているから、責任能力・政権担当能力がある。」という麻生総理の発言は、経済理論的に言えば、基本的論理が間違っている。前に述べたときは、日本の将来の明るさに繋がるマニフェストを指向するならば、構造改革を行わなければ、日本の明るさには繋がらないし、構造改革を行うには、優先順位からすると、重要性の第1は少子化対策(此は当然に需要拡大に繋がるから景気支持要因でもある)の筈であり、これだけでは需要に不足する場合には、第2に不足需要を補う景気対策を行っても良く、だから此は、あくまでも第2順位である。そして、第2順位の景気対策や、景気回復が起こった後の消費税引き上げだけでは、この戦略は日本に明るさをもたらす要因としてはごく僅かであり(財政収支改善程度)、基本問題点である少子化(日本民族の絶滅種化への道程)対策としては殆ど役立たないから、国政を任されたものとしては、つまり麻生発言だけでは、説明責任を果たしたことにはならないのである。その後自民党は、マニフェストの追加として上げ潮政策として、2%成長を長期目標にするという追加発表を行ったとのことであるが、こんな将来についての口約束を追加するだけでは、責任能力を証明したことにはならないだろう。だいたい、以上の説明では、どのようなメカニズムで、2%成長が確保できるのか、また、それが実現される因果関係で、どの力がどのように働くから、それが実現へと結びつくのかが、全く説明・証明されていないのである。これでは無責任な放言としか言いようがない。この予言が当たるという背景説明がさっぱり無いからである。成長の方法論として、需要拡大しか手段を持ち合わせていないのに、そして、将来の明るさには、需要面・供給面・技術面の3要素で少なくとも保証とその説明が必要と考えられているのに、需要面だけの説明ではとても信用できませんよというのが、まともな考え方と言えるのではないだろうか。
 どうも麻生総理の頭の中には、経済学の静学しか存在しないようで、成長は需要を付ければ自動的に生まれるという論理に終始したように、筆者には見える。経済を長期に扱う、つまり将来の明るさについてもその因果を議論できる経済学の動学をご存じないようなのである。長期経済の動きにつき、因果関係を説明するには、需要のほか、供給即ち生産能力(労働と資本の増加能力)の拡大や、生産技術の進歩についてもその因果の説明が保証されなければならない。麻生総理の説明は、需要面の説明だけであり、その後の自民追加マニフェストについても、供給面の予測(悪く言えば・希望的観測)2%成長が聞こえてくるだけで、どのようなメカニズムで希望的予想を実現するつもりなのかという因果のメカニズム説明が、全く聞こえてこないのである。少子化の長期継続で日本民族の絶滅種化が懸念されている状況においては、労働力供給の確保面の説明が特に大切ということは言うまでもないことと思う。それ故、麻生説明・自民党マニフェスト追加説明では、将来に明るさを持つ経済についての説明責任を果たしていないと筆者は考える。正に、政治は3流との評価が相応しいと言えるのではないか。まことに寂しい限りとも言えよう。
  次いで、マスコミの与野党のマニフェストについて、これらを同列において政策項目・支出項目、財源項目、ごとの点数付けによる評価比較という手法について、これでは投票を決断する場合に、十分に役に立つことにはならないという問題点について説明する。個別項目にそれぞれ点数を付け、その足し算合計額が全体の総合評価になるかのごとき手法でマスコミ説明が行われているが、筆者は此の手法はおかしいと思う。世を惑わす批評になりかねないと考える。
 本題に入り、マニフェストの比較検討に入る。その第1の項目は、長期の将来目標、目標とする国家像の提示であり、これと共に長期短期のそれへの因果経路の提示があるべきなのである。もちろん選挙は、当面の4年間の政策選択ということになるから、主役は、短期の施策、そのスケジュール、短期の数値目標であるべきであろう。ただ、この短期目標が実行可能であっても、長期で見ると方向性が違っていては 、4年たった後に国民が、話が違うじゃないかと抗議をしてもこれは後の祭りということになる。それ故、第1の項目は、脇役ではあっても、最初の検討項目としておくことが重要と思われる。この点で、自民党・民主党のマニフェストはともに大切な説明が無きに等しいと言えるだろう。また、この問題は、少数政党については、この辺はキャスティングボートを握るチャンスがあるのかどうかとも絡み、筆者は能力不足を自認して、コメントは選挙後に持ち越したい。
 ただ、自民党、民主党を公平に扱うことにはならないが、両党のマニフェストの信頼性については、その評価をするという別途の作業があっても良いのではないか。此は、自民党についてはしっかりと出来るし、民主党には殆ど出来ないという不公平な面があるが、此は可能な範囲でしっかりやっておくことが大切と思う。その方法は、過去のマニフェストがどれほど守られたか、守られなかったか、について、評価して点数付けを行うべきだと考える。
 この点について、筆者と結論が全く同意見というわけではないが、この間の事情説明で卓見と思われるマスコミ記事を引用させていただく。8月6日付日経新聞:大機小機欄:枯山水氏の「自民党衰退の経緯」と題する記事からの引用である。 
  『……(前文略)……
 「自民党をぶっ壊す」と言って登場した小泉政権を国民が熱狂的に支持したのは、構造改革で既存秩序を破壊し、全く新しい制度や仕組みによって「失われた10年」から脱却するのを期待したからだ。
 「国から地方へ」「官から民へ」「大きな政府から小さな政府へ」など、掲げたどのテーマも国民の心を捉えた。
 一方、小泉氏が後継指名した安倍晋三首相は、構造改革を継承すると言いながら、総理就任直後に郵政造反組の復党を認め、早々と改革路線からの逆戻りを始めた。…… 安倍内閣は、…… 在任1年で退陣となったが、…… 参院選の敗北で参院の過半数を野党に取られ、福田内閣、麻生内閣は …… 国政運営が困難を極めることとなったのである。自民党衰退の最大の責任が安倍内閣にあると言われる所以である。 …… ぶれる自民党政治に飽きて、「チェンジ」を求める国民に対し、民主党は「政権交代」の4文字で変化をアピールすることに成功しつつある。民主党のマニフェストに示される政策は多分にバラマキの色彩が濃いが、ポピュリズムに乗って支持を獲得してきている。
 民主党に対抗してバラマキ合戦をするだけでは自民党の復活はない。国家100年の計を立てて政策実現に取り組むぶれない政治こそ、国民が望む方向である。』
 以上の通り、自民党は、マニフェストで表明しても、これを平気で破る政党である。さらばと言って、民主党はマニフェストを守るのかと言えば、此も保証の限りではない。自民党のマニフェストは、後出しじゃんけん的に、少子化対策などのバラマキを増やしたという面もある。国民にとって吉と出るか・凶と出るかは分からないが、今回は兎に角チェンジしてみるというのが、国民が経験を通して賢くなるためには必要なのではないか。
 つまり、もし今回の選挙で、政権運営に失敗したら与党は下野するというルールが成立するならば、その成果だけでも、このマニフェスト選挙は、なにがしかの成果があったと言えるのではないか。勿論これから国民が学ぶところがなかったならば、この成果はゼロになってしまうのであるが、……。
 さらに始めに戻って、マスコミが、与党と野党のマニフェストについて、同列のマニフェスト比較を行うことは間違いという点について説明したい。そんな不公平なことをするのは「KY人間」のすることで、問題外と言われそうだが、与党は説明責任があるからとして、公約違反は何故せざると得なかったのか、その説明をすべきであろう。後出しじゃんけんのように、バラマキの追加をするのは、どのような意図からこれを行うのか、さらにその説明をすべきであろう。
 最初の問題に戻って、マスコミとしては、このような視点から、マニフェスト検討の第1項目として、与党については、どの程度の約束違反を与党は行い、今後の見通しはどうであるのかを評価記述して欲しいのである。それが、国民に対しての親切というものであろう。このような不公平な比較をすると、与党のこの項目の点は、マイナス点であろう。後出しじゃんけんでよいから、投票日前までにその言い訳を聞きたいものである。一方、野党民主党についても、バラマキ色が強く、プラス点にはなるが、不透明なので、大きいプラス点を付けるわけにはいかないだろう。此についても、説明抜きでは尻切れトンボとなってしまう。続きは、次回に補いたい。
  なお、筆者は、著書の中で、政治家としては松下政経塾の出身者に期待していることを述べている。この塾の出身者は、若すぎる人達ばかりではあるが、自民党にも民主党にも在籍している。
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2009年07月27日

マニフェスト関連:少子化対策について、7/27日投稿

◎マニフェスト関連:ワークシェアリングと整合的な労働需給対策、7月27日投稿

 いよいよ国会が解散され、総選挙戦に突入することになった。麻生総理は、100年に一度の世界的大不況だから、不況対策が最優先で、此までの4回の予算作成・財政支出手当で景気回復を図り、その上で消費税引き上げを行うことを表明し、だから自民党は責任ある政権担当能力がある政党であると発言している。此は論理的に、また、現在の経済情勢に対する政策選択として、正しいのであろうか。
 筆者は、この考えは間違っていると思う。だから野党が正しいと言うつもりはないが、このような情勢分析で、政策・戦略を進めてもらっては困ると考える。何故ならば、先ず100年に一度の大不況に備えるのが優先的政策・戦略であると総理は言っているが、今回は海外の論調を見ても、また、不況の端緒である米国においてさえも、今回の不況は大不況(底が深い)というよりは、大停滞(底は深くないが長期に続く)であろうと見られている。つまり、1929年に始まる大恐慌は、過剰生産恐慌の上、世界中に為替切り下げ競争が広がり、不況がスパイラル的に全世界に広がり、かつ深化したという問題であった(この見方は分かりやすくするため、単純化し過ぎかも知れないが)。これに対し、今回の不況は、米国の過剰な住宅投資バブルがはじけたもので、米国には不況原因があるが、そして、米国の不良債権に投資した欧米の投資家・金融機関達は、かなりの痛手を受けたのではあるが、日本としては、投資が不良債権化したことによる痛手は、余り大きくない。従って、日本は米国向け直接間接の輸出市場に縮小が起こることには違いないが、日本は、失われた10年に入る前から、前川報告が述べているように、内需拡大が今後の進むべき道であり、輸出への過度のかつ一方的な依存は、国際摩擦を生むことになるから日本の永続的発展のためには望ましくない(或いは、本命とすべき進路ではない)と考えられていたものである。だからこの際外需が減っても、それは内需で代替すべきものが、ここで減ってきたわけで、そうとすれば、このような方向転換が未だに出来ていなかったこと、つまり、構造改革が進んでいなかったことの方が、日本の将来を見通した場合には、大問題・基本問題の筈なのである。海外からの不況が来れば、これに対する対処も、例えば在庫調整期間中一時的な対症療法があっても良いが、さればと言って此は基本問題の解決策・原因療法ではないから、現在の政策の優先順位を考えるならば、本来的には、構造改革が第1位で、景気対策は、第2位という現状の分析把握が必要だと考えられるものである。
 さらに言えば、麻生総理の論理は、筆者・KY人間に言わしむれば、日本教に毒された論理に見える。要は、後で責任を取らないために、太平洋戦争中の軍国主義政府(軍隊は官僚組織の典型である)のように、空気作り・アリバイ作りの作文により国民を戦争へと追い込んでいったのと同じ論理構成である。今となれば、このような戦略は国民に多大の不幸をもたらしたものであったことが明らかであろう。だから、麻生総理が、この間違った戦略と酷似した戦略を掲げ、国民をこの間違った方向へと導こうとする動き方に対しては、一般国民はこれに反対だとの意思表示を今回の選挙ではなすべきではないかと思われる。兎に角、お任せ民主主義では、痛い目を見るのは国民自身だからである。麻生総理・自民公明両党・及び官僚がこのところ進めてきた政策は、日本の近現代史からの学習効果が見られない政策である。失敗からの学習・前進が見られない主張なのである。既得権益の擁護に動くようでは、将来に明るさが感じられないのは当然だろう。そして、此が少子化=日本民族絶滅種化への道であるとすれば、此までの失敗について指導者(与党=自民・公明両党)及びその参謀(=官僚の次官・官房長クラス)に、信賞必罰の処遇が為されなければ、次世代の若者達は、日本民族及び日本の国家を見捨てる以外に、生き甲斐を感じる道を見いだせないことになろう。それにも拘わらず、麻生総理は上記のような発言を行い、自分の考えを述べたようにも発言しているが、筆者から見ると、此は官僚の考えを代弁したものと見える。麻生総理の作った予算を見ると、官僚の天下り先確保のための布石・予算枠が将来分をも含む形で沢山付けられている。これでは、日本の将来に明るさを見いだすことは、若者達は当然のことながら、中高年層においても一般国民ならば、将来に明るさを見いだすことは到底困難と見られるのである。(なお、関連参考意見として、日経・大機小機欄・パピさんの考え方を次回以降にはなるが後述する。)
 では、どのような代案が有るのか。
  外需依存体質で来てしまったから、外需減に合わせた在庫調整のために、一時的な派遣切りや雇い止めが生じた場合、これに対し失業対策事業をしてはいけないと言うつもりはない。穴を掘って、又、埋めればよいと言うのは大げさではあるが、此とて、官僚の天下り先確保の予算案執行よりは、まだましなものとの考え方をした方が「ベター」であろう。  最近、将来に明るさをもたらす代案が見られないとブログに書いてきたが、民放テレビで、以前NHKこどもニュースを担当していた池上彰一氏が、相続税免除、金利1%の永久国債を発行し、現在国民が預貯金・現金で保有している金融資産をこの永久国債投資へと動員して、将来に向けて現在過大とされる公債残高を償還し、また、将来に役立つ投資を行うという名案があると話しておられた。このような前向きの具体的提案があることは、大歓迎すべきであると考える。このほかにも、各種の具体的提案があって欲しいものである。ただしかし、この池上提案については、筆者としては疑問点もあるので、その点は、後の機会にその問題点を解説しよう。取り敢えずは、このブログで提唱する、マニフェスト案の細目の説明をしてゆきたい。
 筆者としては、少子化対策と次世代の教育投資(つまり、米百俵の精神に基づく投資)に最重点を置くべきではないかと思われる。そして、此については、女子の初産は、20歳代で行うのが原則となるよう、かなりの環境整備を、全国民が発想や慣習を全面転換するつもりでその環境整備を、行うべきであろうと考える。野鳥の「とき」が絶滅種になるおそれがあるときに、それを保護することに国民はほぼ全員が合意していると見られる。日本民族が、もう過去30年間くらい継続的に絶滅種へ向かっての歩みを続けているのに、その原因追求が為されなくて良いのだろうか? この点は、都合の悪い点は見て見ぬふりをする日本教に、問題点があるのだし、そこ迄さかのぼって解決策を考えるべきであろうと筆者は考えるものである。
 厚労省は、年金制度の問題を、個人の保険料負担額と、その個人が受け取る年金給付額と較べ、その比率が、世代別に、後年世代の倍率が高く、現役世代はその倍率が低くなり、将来世代では、財源を消費税の引き上げで賄わないと、世代間の不公平には対処できないと言わんばかりの、将来予測計数を発表している。日本民族が絶滅種になるかどうかという問題に直面している場合に、こんな損得計算に意味があるのだろうか。此は、滅亡の懸念さえ出ている事態において、国民が知りたい情報を的確に提供しているとは言えない公務員の態度だろう。筆者は国民が知りたい情報を政府は提供出来ていないと考える。だいたい、人口の高齢化や、少子化の傾向、人口構成の逆三角形のような、頭でっかちの形状について、今後の対処策を考える場合に、そもそも現状になじまない、環境条件が違う過去の条件を前提に作った賦課方式という既に陳腐化した年金制度(賦課方式)をかたくなに変えようとしないという、現在の政府姿勢自体が問題点としては重大なのである。人口構成が変われば、世代間の支払いと受給の比率が賦課方式では変わってくるのは当たり前の話で、その予測をするだけの官僚の姿勢は意味が有るものと言えるのであろうか? そうではないだろう。今年の「経済財政白書」はマスコミによればこのような姿勢で書かれているそうだが、官僚はだから何を結論として提言するつもりなのか? マスコミ(日経新聞:7月24日夕刊)でも、白書に対し、将来についての処方箋がないという批評が為されている。つまり、無策の現状につき、責任逃れの言い訳をしているだけと採られても仕方がない白書が出てきたということになる。なお、筆者は、40年ほど前に、経済企画庁に出向勤務した経験があるので、企画庁の作成文書は直接の監督官庁の了解を得たもののみが発表されるという苦労も分かり、この責任は企画庁だけに負わせるのは気の毒とは思われるが、それにしても、現在の政府・役所の無為無策については、国民は如何に責任追及を行うべきかを是非とも考えなければならない問題である。
 因みに、麻生首相の本音は選挙対策であろうが、マスコミ(日経新聞7月19日・特集欄)によれば首相は「安心社会実現会議」を官邸に設けたとも伝えている。一方、この記事の表題は、「脱少子化社会道険し」となっている。そして、この記事は、出生率低迷の4つの理由として次の4点を挙げている。即ち、@男性の15%生涯未婚(男性の未婚率が1980年以降上昇傾向持続のグラフ付き)、A女性の41%出産で退職、B夫の家事時間短い日本(主要先進国対比3分の1)、C大学までの子育て費用1人あたり3千万円と高額で、これが少産で、小人数を大切に育てようとの風潮を作っている、と記述している。だから、この4点について、原因療法となる具体策をそれぞれ例示するのが、選挙に当たってのマニフェストに書かれて欲しい項目となるのが筋ではなかろうか。そして、こうしたマニフェストを掲げ選挙を行い、此で公約が果たせなければ、次の選挙で敗れ下野するというのが、近代社会民主主義のルールである筈であろう。此は理想論的ではあるが、このような努力を積み上げてゆかなければ、日本に生き甲斐のある明るい社会など作れないと思われる。
 このような当ブログ立場から述べれば、年金制度は、セイフティーネット(安全網)を充実させながら、それ以上の部分については、世代別の損得計算よりも、 個人差のある人生で、自分の生活設計に合うような選択の自由を持ちながら、自分の満足感を高めうる道が有ることが自由な近代市民社会ではずっとずっと大切なことの筈である。だから、官僚が画一的な尺度で、世代間の公平・不公平についてしか、データを公表していないということは、国民の知りたいことに十分答えていないという重大欠陥を持つということである。あまりの怠慢と不誠実に対して、国民としてはそのような監督官庁に信賞必罰の態度で臨めと、次期政権に注文を付けることが大切であるし、マニフェスト選挙は、信賞必罰の方途導入についてもこれを最重要争点の一つに掲げて欲しいのである。さもないと、筆者は、大平洋戦争で敗戦へ・絶滅種へと向かって濁流・奔流に巻き込まれた悲劇を、また繰り返すのかと暗澹たる気持ちにならざるを得ない。次世代の若者達も、暗澹たる気持ちになっているのも、さもありなんと思えてくるのである(注1)。現実に目を向けると、厚労省は、人口推計でも、国民を誤解に導くような計数発表を行っているが、年金会計についても、国民が自分に合わせた生活設計をしたいのに、これをゆがめさせるような計数発表しかしていないという、国民にとってはまことに厄介は官庁となっている。厚労省は分割してはどうかとか、「厚労省は分割より廃止」(注2)せよという意見もマスコミには採り上げられている。
    (注1)経済評論家勝間和代氏の講演で聴取、配付資料では、2008年1月12日の共同通信、同
      年に成人式を迎える若者の43%が、親の世代に較べ自分たちの生活は悪くなると考え、さら
      に自分たちの子供の世代では生活はさらに悪くなると答えた人が44%に上った。結婚情報サ
      ービス会社「オーネット」による意識調査。    
    (注2)日経新聞6月22日「領空侵犯」欄、松井証券社長松井道夫氏の意見。

 少子化との関連で、統治機構がセクショナリズムで機能不全に陥っている例として、厚労省所管の保育園と、文科省所管の幼稚園との一体運用に支障があることも報道されているが、こうした点を背景に待機児童を無くすための対策が一向に進まないという現実がある。厚労省の問題点は、前節でかなり具体的に述べたが、文科省も問題点の多い役所である。このブログでも、既に昨年来、本年4月から始まった「ゆとり教育」の是正措置、これに伴う学習指導要領の改訂が、相当な方向音痴であることを取り上げているが、最近の週刊ダイアモンド(7月25日号)の記事によると、中央官庁が現場の実状に疎く、施策が方向音痴になるのもいわば当然と思われる実情報告が記載されている。このブログでは、既に日本の統治機構は3流という表現を使ったと記憶するが、これを少しでも「カイゼン」するためには、多分その具体策優先順位1位のグループに、厚労省と文科省の首脳人事権を取り敢えず変えることが望ましいと見られる。つまり、かっての小泉改革で、産業再生機構について、斉藤淳現東証社長の下で産業再生機構が不良債権整理と産業再生を良好なパフォーマンスで行った事例があり、日本民族の絶滅種対策という具体的・包括的な問題点解決に早急に手を着けるためには、取り敢えずは、信賞必罰の責任追及が一般国民にも分かりやすい形で行える問題点を抱えている、厚労省と文科省から手を着けてゆくことが、望ましいと見られる。また、これ等の両省は、少子化対策の原因療法に関係の深い、厚生年金制度改革・格差固定を招きかねない教育制度運営をそれぞれ所管しており、取り敢えずこの対策を先行させることについて、その必要性も、周囲からの要望や支持が強いと見られるからである。これに対し、これを全面的な公務員制度改革として実施しようとすると、その手順として通常は、かなりの検討期間を必要とすることになるし、しばしば検討は行ったが、答申が両論併記であったり、答申はまとめられず、その答申も横槍に惑わされ、日本教の空気にも揉まれ、政府首脳もまとめきれず、結局何も前進が得られなかったということになりかねないというのが、既往日本の近現代史の実態だったと考えられる。少なくとも、日本教の視点から今後の推移を予測すると、こうした正攻法の行き方には、余り楽観的な答が出せないのである。ついこの間までのゆとり教育の是正措置しかり、此までの5年ごと年金再計算時の改革案・是正措置等の動き然り、いずれも日本の将来を明るくする動きを作れなかったのである。(注)
    (注)その内容が全て正しいとは言えないが、何故小泉・竹中・斉藤惇のコンビが、成功の結果をも
      たらしたかは、竹中平蔵著「構造改革の真実・竹中平蔵大臣日誌を読むと、日本教の中での
      改革成功の秘訣・テクニックをかなり読み取ることが出来る。

 この様な前提を基にすると、マニフェストには、少子化対策を中心にして、若者の労働時間規制、労働力確保のためのワークシェアリング、長期雇用者の定年選択制(当然厚生年金制度の抜本改革となる)、といった、日本の将来の明るさにつながる具体策の数値目標が書かれてしかるべきであろう。こうした方向を支える教育内容の改訂・また、教育委員会制度という問題点等にも、統計整備やケーススタディーの積み重ねという形で「カイゼン」を側面から支える仕組みの整備も課題となると見られる。
 予定からは脱線してしまったが、この先は次回にさせていただく。

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2009年07月19日

資料16:D(反省点4)組織の中の日本人の盲目性(山本七平・日本人論からの示唆)、7/19日投稿


D(反省点4)組織の中の日本人の盲目性(山本七平・日本人論からの示唆)('06.6.22.記)
   (注)故山本七平氏は、ベストセラー「日本人とユダヤ人」の著者として、有名、その鋭い本質把握力
     には魅了されるものがある。同氏は、太平洋戦争時代を対象に、「私の中の日本軍」「日本教の
     社会学」「空気の研究」等の著作があり、その独自の論功は、「山本史学」とか、日本文化論の基
     本文献として愛読されている。日本人の集団心理は、戦前も戦後も変わっていないとの主張に
     は、戦争を知らない世代の人たちにも、是非その真偽を自分の目で確かめ、その知識を参考に
     して人生航路を歩んでもらいたい。以下の出所は、同氏「日本はなぜ敗れるのか――敗因21箇
     条――」角川Oneテーマ21。この本は、太平洋戦争・フィリピン戦線に徴用された民間の技術
     者(自由な発想の所有者)小松真一氏の「虜人日記(捕虜になったものの日記)」の紹介・解説が
     主体となっている。敗因21箇条は小松氏の評価・これに山本氏もおおむね賛同解説を加えてい
     る。山本氏も、フィリピン戦線に砲兵少尉として従軍、捕虜生活をしている。
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2009年07月16日

マニフェスト関連:少子化対策について、7/16日投稿


◎マニフェスト関連:少子化対策について(その7/資料編)

◇日本教・信賞必罰(成果主義)の問題
 前回の予告とは異なるが、表題の問題点につき過去ログを思い出してみよう。
 日本の将来を明るくするような戦略・政策対応措置を考える場合には、日本人の弱点である、集団(ないし組織)内における盲目性、白か黒かに分類し、周囲が見えなくなるという欠陥(当ブログではこれらを日本教と俗称)を克服する必要がある。つまり、これからの日本の針路にあっては、複眼思考とか、多様性の許容とか、多数決で意思決定を行うとか、多数決に伴う試行錯誤の行き方を身につける、などが必要と考えられる。この点は、まず一つには、先行する西欧先進諸国の成功事例から推論されるものである。また、二つには、この点は中世期の封建的経済体制から、近代の資本主義、市場主義経済体制への移行と、これに伴う民主主義・政治社会体制への移行に随伴する人間社会の環境変化への適応のために、この複眼思考と多数決による意思決定が必要になったとも考えられることである。つまり、自由・機会の平等・自己規律・博愛といった近代的社会の原則(規範=環境の変化でもある)に伴う、必要とされる環境への適応として、日本教を卒業する必要性がここに来て痛感されるようになっているのである。(注)
   (注)日本教については、当ブログで取り上げた部分(古い過去ログ)は、既に消去済みとなったの
     で、拙著『日本の針路:戦略不在システム「カイゼン」への道』(アマゾン扱い有り)の第1章 c)節
      D項(反省点4)組織内日本人の盲目性(山本七平・日本人論からの示唆)を参照。なお、この
     項の冒頭注記部分は、近日中に、サブカテゴリー:資料16、として投稿する予定。
 とにかく、地球の歴史において、適者生存は億年単位の永遠の法則と認められるものであり、強大な恐竜も、環境の変化に適応できなかった場合には、滅亡せざるを得なかったことが判明してきている。また、恐竜がその全盛期から、短期間のうちに絶滅種となった理由には、近年の研究では、環境への過剰適応(つまりは多様性の喪失)がその原因と見られている。(注)
   (注)過剰適応については、当ブログで取り上げた部分(古い過去ログ)は、既に消去済みとなったの
     で、拙著『日本の針路:戦略不在システム「カイゼン」への道』(アマゾン扱い有り)の第1章 c)節
      B項(反省点2)過剰適応の性向(先輩尊重:過剰な真面目さと勤勉性)を参照。なお、この点の
     詳しい研究については、野中郁次郎外5「失敗の本質」ダイヤモンド社を参照。
  先に見た日本人の特性、即ち、山本七平史学では、「日本教」と命名された日本人の組織内での盲目性、集団心理の弱点については、現在の日本の置かれた状況からすると、この点を特に意識的に目配りし、その弱点克服を最優先の重要課題とすべしというのが、当ブログ筆者の主張である。この点は、何回も主張して、くどくなる点はお許しを頂きたく、ただ、此は日本民族が絶滅種になるかどうか、大平洋戦争で敗戦への奔流に巻き込まれ、本来なら滅亡してもやむを得ない経緯にあった処ながら、たまたま負けた相手が米国であったことと、その後の東西対立により米国の対日占領政策に変更がなされ、日本はこうした偶然的幸運に恵まれて、戦後の復活をなし得たものであるという歴史的事実の確認は肝要であろう。そして、日本の弱点である「日本教」は、かっての、大平洋戦争の戦前・戦中に見られたものが、またぞろその再来として、近年の日本経済のバブル化とその破裂に際しての、すなわち、いわゆる失われた十年を通じての、対症療法的政策依存の連続からも見られるように、日本教の欠点克服は、大平洋戦争敗戦の大失敗にも拘わらず、相も変わらず性懲りもなく克服できずにいるというのが現状だとの基本認識に基づく結論である。この間、小泉構造改革は、かろうじて、この欠点克服を試みた4年間・短期間の例外期間であったものの、近年の動向からすると、欠点克服努力は一時の綾・単なる道草程度に終わりそうな懸念もこのところ発生している。
 即ち、小泉改革は、経済財政諮問会議を中心にその政策の行程表を作ってきたのであるが、その発議機関が、直近の本年度骨太方針決定では、事実上機能しなくなっている。因みに、此まではこの点に鈍感であったマスコミ・日経6月24日の社説ですらも、骨太方針の後退を伝えている。現在の状況からすると、日本民族が絶滅種から脱却することは容易ではなく、そうとすれば、このままでは、日本の針路に明るさを見いだすこと、その具体的政策手段を行程表で示すことなど、夢のまた夢と言うことであろう。とすれば、上記で述べてきたマニフェスト案を一つの事例として示すことは、よほどのKY人間だと言われる覚悟が必要なのであろう。それを覚悟の上で、ごまめの歯ぎしりと言われることになるが、しかし、将来の明るさに向けての行程表の一つの例として、マニフェスト用の政策パッケイジ中の一項目に、以下の、若者の生活改善(時間外労働の制限)と、これに伴う、初期高齢者の就労・専業主婦より共働きを事実上奨励するような税制改正を提案・説明したいのである。
 1980年代に入り、日本経済の置かれた状況について考えると、単線的思考では解決が難しく、複線思考・複眼思考が必要な事例が多くなっている。例えば、現状では、完全失業率が上昇し、求人求職倍率が低下を続けている点が問題視されているが、これのみを強調していると、それは拙速の見方との誹りを免れない。すなわち、失業問題も職種別に見ると、全ての業種・職種で、労働力が余っているわけではない。看護士・介護士、小児科医・産科医・プログラマー・シズテムエンジニア・原子力発電関係の技術者などは、かなりひどい不足状態にあるとみられる。そして、前の4者については、報酬額が規制対象のために、つまり、プライスメカニズムがうまく働かないために生じている不足と見られるし、後の2者は、経営者がその必要性を理解していないこと・つまり啓蒙の不足と、中間管理職が、現場の必要性をトップに上手に伝達しないための風通しの悪さの放置という問題と、さらに、プログラマー・システムエンジニア・原子力発電技術者側も、団結による対抗力の不足という側面も考えられ、これらが複合し、人事管理や報酬・処遇制度のひずみをもたらした各種各様の不備に起因したものと見られる。なお、上記に加え、20歳代のプログラマー・システムエンジニアについては、少子化是正について、特に労働時間規制の強化、超過労働時間に関する賃金割り増し度合いの強化、さらに、これらの裏付けとなる、生物の種族存続に必要な、生物学を、学校教育でも、社会教育でも、現状の不足を早急に改善する指導措置が執られることが望ましい。これもこの職種では、労働需給に影響する特殊事情・特殊問題が存在しながら、それにも拘わらず、それが無視され放置されているということなのである。事ほど左様に、問題は単純ではない、複眼思考が必要だということになる。
 さらに、これらの措置の緊急性を多くの人々が理解するように、既往の失敗をもたらした関係官庁、具体的には、厚生労働省と文部科学省については、幹部の入れ替え、幹部人事権をこれら2省から他へ(取り敢えずは内閣府へ)移すことが、必要になろう。既往の失敗に信賞必罰で望まないと、同種の失敗が何度も繰り返される歴史の証明は、既にこのブログでも記述済みとなっている。(注)
   (注)このブログでは、大平洋戦争で指揮官に信賞必罰で臨んだ米国と、温情主義で臨んだ日本
     が、その後の作戦面の深化の有無という形で、大きな成果の差異・結果の違いがもたらされたこ
     とを述べた。しかし、当ブログで取り上げた部分(古い過去ログ)は既に消去済みとなったので、 
     拙著『日本の針路:戦略不在システム「カイゼン」への道』(アマゾン扱い有り)の第2章 e)節 成
     果主義、信賞必罰の欠如が戦死者を増加させた具体例――信賞必罰は指揮者・参謀に特に必
     要―― を参照。
 以上の様な、日本民族の絶滅種化の危機における対処方針として、日本における会社の定年制の廃止、定年時期の選択制実施、ただし、前期高齢者の労働条件については、年金制度と連動させ、少子高齢化という現実と整合性をとるといった政策措置が望ましいことになる。この点は、2009年4月15日、同30日 のブログで、その概要は一応説明済みとなっている。
 この問題を一つの事例に沿って分かりやすく説明しよう。かって、嫌われる職場として3K=汚い、きつい、危険、と言うのがあった。これに次いで、新3Kとか、新7Kと言うのがあるのだそうである。新3Kは、介護士・看護士さんを想定するのだろうか、=きつい、給料安い、帰れない、というものだとか。更に、システムエンジニア・プログラマーについて、これらは今や半数近くが女性によって担われているようなのであるが、新7Kとは、=きつい、給料安い、帰れない、休暇とれない、規則厳しい、化粧乗らない、結婚できない、だそうである。システムエンジニア・プログラマーは、日本のサービス業の効率化とか、交通体系の効率運行とか、宅急便とインターネットを組み合わせた需給調整+珍品の入手とか、活躍の場が大きく広がりつつあり、今後もますますその活躍が期待される職種の筈だが、これ等が給料安い、結婚できない、という状況では、日本に明るい将来を描くことなど、夢のまた夢になってしまうのではないのか。野鳥の「とき」は保護するが、20才代に第1子を出産しないと、異常分娩の比率が急速に高まるということが人類について生物学的に分かっているのに、30代になってからの婚活が盛んになるというのは、日本社会では既に常識が通用せず、どこかおかしいと感じるべき状況と見なければならない。おかしいという声が起こらないことは、日本民族が、既にバランス感覚を失い、絶滅種になりつつあるという客観的証左のようにも思われる。このような問題点の発生には、その原因があるはずである。その原因は何か、又、その原因療法は何か。不作為のまま此が放置されたのは誰の責任か。此が信賞必罰の対象にならなかったのであれば、そのような制度には、欠陥があるはずであろう。構造改革で制度の改善が必要であるし、正にその制度改革の内容が、マニフェスト選挙により、具体的問われなければ、日本国民は浮かばれないという問題の筈である。
  さて、ではどんな具体策を準備するべきであろうか。これは次回に。

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