Qマニフェスト全体像の検討(その9)……マニフェストには、政策の全体的整合性を持たせるための役割を期待
第3:全体的整合性を持つマニフェスト作成のためには、複眼思考が必要不可欠である。各人各様の考えをまとめていくためには、道は遠いようではあるが多数決、ひいては、「政権交代」の展望も必要と考えられる。何故かと言えば、現在の日本国の閉塞状態を作っている根本原因には、その@として、「日本的空気」というタブーのようなものがあるからである。それと同時に、そのAとして、それと裏腹の関係にあり、かつ、その具体的内容を為す「官製のネズミ講的年金制度」を指摘しなければならないとも考えられるからである。そしてこれ等については、此までこのブログでは、保険制度でありながら保険理論上の「逆選択」が起こっているとして、正確ではあるが、やや難しい説明を行ってきたものなのであった(注)。
(注)「逆選択」については、当ブログ・カテゴリー・サブカテゴリー・資料13を参照されたい。
つまり、ややくどくなるが、此の問題点指摘が無視されるという「日本教の空気」の具体的内容「ネズミ講的官製の年金制度」という問題点、即ち、この二つの根本原因・病気の原因については、当ブログが2年ほど前から既に言い続けながら、「日本教」の中にあっては、KY人間の言うことと無視されがちであった主張なのである。ただ、最近になって、このような考えの主張が、少ないながらも、漸くマスコミに一つ二つと紹介されるようになってきた。その具体例は後で紹介しよう。それはともかく、このこのネズミ講は、官僚によってその破綻に向かう自己増殖のスピードを当面のみを取り繕う対症療法〔マクロスライド(注)等を指す〕によりその後の破綻発生を後ずれさせ、それだけ官僚の既得権益を持続させ、かつ、日本国民への負担を長期にわたり加重していくという、恐ろしいネズミ講である。その歴史上の類似例を挙げれば、例えば、太平洋戦争で日本軍という官僚組織が、兵力逐次投入(撤退でなく転進という心理的解決・対症療法を取ったこと)、フィリピン向けバシー海峡兵員輸送作戦、神風特攻隊、竹槍による本土防衛、という日本国民の犠牲の上に立つ官僚的自己防衛・自己保身・やるだけのことはやったという責任回避・無責任・無反省、を終始行ってきたことと、まさに、余りにも類似点・酷似点の多い対処手法であり、正に失敗の根本原因(日本教)・病因の存在を示しているからである。即ち、太平洋戦争では、国民の死者310万人という結果をもたらした、看過できない重大な問題点である。現在の官製ネズミ講は、少子化の進行により後の世代の繁栄と幸福を奪い、むしろ、民族消滅への道に通じるものであり、当面は、第1・第2の団塊世代達を中心に対症療法、心理的解決でこれらを惑わせ、結局は大多数の現代の若者及び後の世代の人達からは、将来の希望を消滅させることにより、繰り返しにはなるが、後の世代の衰退消滅、ひいては、日本民族の衰退・消滅の道程を盲目的に歩ませているのが現状である。こうした病因を内包していては、消費税引き上げで財政再建だけをしようがしまいが、日本国民の将来の幸せの帰趨という点について言えば、財政再建や消費税の影響力は相対的に小さい、言わば関係が薄いのである。換言すれば、これらは資金繰りの話であって、生産性向上や進歩という実の有る話ではないのである。そうだとすれば、現状の蟻地獄から、国民はどのように逃れたらよいのだろうか。目下のところ、現政権からはその根本原因の治療方法が殆ど聞こえてこないのである。自民党の一部若手には、省有って國無しという官僚の問題点への対応を主張する声(当然原因療法の一部となる)も有るが、余りにもその声が小さい。民主党も、この点では、主張が割れているようであり、主張が不鮮明・明解さを欠いている。まことに心細い状態である。
(注)「マクロスライド」については、当ブログでは、2007年6月6日投稿分に簡単に解説したが、
此は既に過去ログから消えているので、取り敢えずは、ウイキぺディアを参照されたい。
なお、拙著では、175頁に簡単な説明を行っている。
では、このような問題点に関する解決策・原因療法は何か有り得るのだろうか。これには、特効薬は無いかも知れないが、可能性の高い一つの方法として、マニフェスト選挙を挙げることが出来るだろう。此は直接的な原因療法ではないが、現在のように構造改革が進まず、対症療法(消費税引き上げ)のみがマスコミに大々的に取り上げられる状況下では、今の混迷の一主要因である「日本教」という日本人の欠陥が同時的に治療されないと、蟻地獄的年金制度からの脱却も難しいと考えられるので、その辺の視野狭窄を避ける意味でも、マニフェスト選挙は実行する値打ちが十分に有ると言えるのである。日本のマスコミは、太平洋戦争中にも、日本の官僚的な・愚かな戦争指導者にお世辞を使うことに汲々とし、日本国民を竹槍でB29と戦えと煽りに煽って終戦を遅らせる原因を作ったという責任がある。しかも、この失敗を、殆ど反省せず、現在も同様の無責任・無反省の態度・行動を概ね続けているのが現状である。此が正に、「日本教」の恐ろしい点である。では、この点について、どのような代案があり得るのか。実は、外国にはそのような前例・絶好のお手本が厳然として存在する。第2次世界大戦中、日本と同じ立場にあったイタリヤでは、ムッソリーニの独裁政権を停止し、立憲君主制に戻すという形式を取りながら、クーデターが行われ、早期終戦をさしたる混乱無く実現したのである。おかげでイタリヤの第2次世界大戦中の死者は、10万人と、日本との対比では桁違いの少なさであった。然らば、本題であるこの時のマスコミの報道は、日・伊の対比で、その果たした役割はどのように違ったのであろうか。イタリヤのマスコミでは、クーデターの詳報と、その背景にあるイタリヤ経済の疲弊の状況が、外電の形で報道されていたのである。戦時中、大本営発表という公式報道しか庶民・国民には伝わらなかった日本とは、ひと味違ったものがあったのである。当然、自分の息子や夫達を無駄に殺されたくないイタリヤの母親と主婦が、戦争反対の声を上げるようになった。また、こうした外電がもたらされるように、クーデターを起こし、かつ、早期終戦が國のためになると考えた一部の政治家・官僚が、クーデターの内容をかなり詳しく・分かりやすく、情報としてリークしたとも見られている。これに即応して、イタリヤのマスコミは、この真意を上手に、国民に伝達したのである。また、当時のイタリヤ人は、日本より外国語理解者が多く存在し、外国の短波放送を聞いていた人達も少なくなかったいう事情も、終戦時に無用の摩擦を起こさなかった要因であったと考えられている(注)。此と対比すると、日本のマスコミは、太平洋戦争中の失敗を反省し、民主主義国家に相応しいマスコミとは如何にあるべきかにつき、現状では更なる研鑽と反省とが望ましいと思われ状況にあり、現状はまだ、まだ残念ながら、官僚社会主義におもねるという、無責任・無反省の態度(日本教の特性)を卒業できていないようなのである。
(注)なお、日本のそれより遙かにスマートなイタリヤの第2次世界大戦終結事情については、この
ブログでは、2006年8月10日から21日にかけて詳しく説明した。最も、これらは、古くて
過去ログからは既に消されてしまったので、近日中に、この部分は資料として再掲載することと
したい。なお、拙著・『日本の進路・戦略不在システム・「カイゼン」への道』では、第2章b)節
としてこの詳細説明を行っており、これは、前後関係で戦略としての位置づけ・意義付けも
よりはっきり説明していると思われるので、此も参照していただけると有り難い。
以上のような、日本及び外国の現代史・世界的歴史観にわたる複眼思考の上で、現在の閉塞状態について、筆者は、マニフェスト選挙と政権交代が必要だと考える次第である。政権交代で、野党が正しい政策を採れるとは必ずしも保証できない。しかし、その選択が失敗であれば、また政権の交代を行うというのが民主主義の行き方であろう。急がば回れなのである。失敗者は、失敗の原因を反省し、それによって進歩が生まれるはずなのである。この失敗者・要反省者の中には、お任せ民主主義の日本国民・日本教の信奉者も含まれるはずである。政治に対する無関心、社会の問題点に対する無関心、社会の問題点について、解決のための社会参加を行わないというのは、自由・自立、独立自尊を尊重する近代市民社会の規範からすると、このような無関心は、何処かがおかしいのである。 西欧の先進国は、フランス革命にしろ・英国のクロムウエル革命にしろ、重税・大きな政府に対し、自由(当然規律の裏付けも必要)獲得のために血を流し、かつ、多くの年月と失敗を繰り返しながら、現在の近代市民社会を築き上げ、その自治・選択の自由を獲得している。日本国民は、310万人の死者という多大の犠牲を払ったのに、そこから肝心の民主主義の必要性を十分に学んでいないとしたら、なんというもったいないことをしてしまったのかと、悔いが残るはずである。この2重とも言える失敗を認識し、日本は、この際、反省し、修正し、立ち直っていかなければならない、と言うべきであろう。
問題が複雑で、説明が長くなってしまった。取り敢えず、簡素過ぎるが、上述した最近目にした、マスコミ上の年金制度問題記事について、箇条書き的に列挙しておく。
(1)学習院大準教授鈴木亘著「騙されないための年金・医療・介護入門」東洋経済新報社、の書評が、日経新聞(3月15日)の書評欄に取り上げられた。著者の立場は、『政府は厳しい改革を提示して政権を失うことを恐れ、様々な手法で国民を「なだめ」「すかす」ことになり勝ちだが、それは「騙し」に他ならないと著者は言う。……』と評者・慶応大駒村康平教授から紹介されている。
(2)同じ鈴木準教授は、日経新聞(3月16日)経済教室欄に、マイナス成長打破の政策照準として、「規制緩和は公費投入の2倍以上の効果」があるとする提言を投稿した。介護・保育分野の規制緩和による雇用創出効果や将来のため潜在成長力を高めるべしとの考え方が重視・提言されている。
(3)日経新聞(2月24日)は、公的年金の5年ごと財政検証の政府審議会について、社説では、今回の積立金の運用利回り予測4.1%(試算)は過大と警告している。因みに、’04年度時の予測利回りは3.2%、また、’01〜’07年度利回り実績は2.3%とも指摘している。また、これに関する大林尚編集委員の解説では、厳しい将来像を愚直に示せとの主張を行い、所得代替率50%100年保証という政治介入との辻褄合わせの利回り予測試算に対し、誰が真面目に取り合うだろうか、と述べている。
さて、マニフェストで、将来の明るさを提示できる必達目標を掲げ、その目標実現を図る合理的な政策手段には、どんなものがあり得るかを次回以降で考えてみよう。


今日は、風邪から復活した娘と、
ブログ見させていただきました。
横で邪魔されてます(><)
また遊びに来ます!