●一つの結論・マニフェスト選挙(その3)……マニフェスト主要課題6項目中CDEの説明
6項目中の、@高額所得層の年金民営化(=2階建て部分の民営化、計算上の積み立て方式への移行、所得代替率5割を維持とする法律廃止を内容とする改正)、A若者中心のライフワークバランスの改善=少子化対策=出産年齢の早期化・年金改革とも密接に関連:労働時間の上限規制強化・時間外賃金割増率の引き上げ、Bワークシェアリングの活用=Aの実現を補完する具体策:長期雇用者の定年制廃止、2階建て部分年金支給開始時期の自己選択制実施、および、これに見合う税制抜本改革の実施(勤労税額控除制度の導入と配偶者控除・配偶者特別控除制度の廃止)、という3点については前回・前々回の日記で大筋を具体的に説明した。この3点もそうであるが、残りのCDEも、@〜Eを通じて、相互に関連し、そのシナジー効果(共鳴・共振する効果)を狙いとする構造改革の具体策試案である。勿論、構造改革とは、過去の過ちを繰り返さないためのものであり、最大多数の最大幸福を狙いとし、少子高齢化という日本民族の絶滅種への転落危機を防止するための対策ともなり、かつ、3%の長期持続的安定成長を狙いとすための、原因療法となる戦略的な政策措置の集合(試案)である。そうして、この大目標を狙いとする一連の中核的施策の採用を国民に問いかけるのが、これから始まるマニフェスト選挙であることが望ましい。そうして、国民に、これらの施策が望ましいかどうか、原因療法として有効かどうかを判断してもらうのである。また、こうしておけば、事後的には、中期の数値目標の達成度合いから、事後的に選挙の判断が正しかったかどうか、その改良・改変がさらに必要かどうかも、国民に分かるものであることが望ましいのである。つまり、マニフェスト選挙は、国民を啓発する行事、即ち、国民が、自由・自己規律、自立する近代市民社会の1員となるための、修練の行事としても重要性を持つことになる。
(注)なお、上記@に関する年金崩壊の予兆について、最近の情報を記録しておきたい。a)マスコミ
では、国民年金の納付率が目標を下回っていることについての報道しか見かけない。しかし、
b)年金積立金の「予定運用利回り」を、実績を遙かに上回る水準で試算して、崩壊寸前の実態
を隠蔽する政府説明が行われており、此も年金崩壊の予兆と言って良い。これは、保守主義と
いう会計原則についての違反が行われていることであり、此も年金崩壊の予兆と見るべきなの
である。さらに、c)筆者は最近、ある国民年金基金の理事長さんから聞いた話では、多くの国民
年金基金では、数年でその運用が破綻するだろうとのことであった。厚生年金基金・共済年金基
金もそれほどひどくはないにしろ、この傾向は見られよう。だから、数年前になるが、401k年金
制度が、一部大企業の厚生年金基金で導入され、此への対処が図られたのである。要するに、
事態への対処の遅れた多くの基金については、2階建て部分が間もなく崩壊し、基金の解散に
追い込まれるものがこれからはさらに増えるだろうということである。これらは、年金制度の抜本
改革を必要とし、年金支給開始時期を選択制にし、後ずれさせる。前期高齢者については、働き
続けて、年金崩壊を食い止めてもらう、という方向で対処する以外に方法がないのでは無かろう
か。兎に角、国民に対する情報開示も、啓蒙活動も現在は不十分な状態にあり、国民は不安
で、将来に明るさを見いだせない状況に置かれているのである。
以上の予備知識の下で、以下各論を続けよう。
C教育改革
安倍内閣の下で策定され、福田内閣の下で成立した教育基本法が、改悪であったとの考え方は、このブログではすでに、2007年7月4日〜5月9日に述べた。また、そこでは、教育の内容として、理数系教育の強化が望ましいこと、教育には動機付けが必要なことも述べている(拙著「日本の針路」では、第3章 c) ABC項を、また、この目次はサブカテゴリー資料3を参照)。また、その後、このブログでは、「日本のこれから」をテーマとして、2008年4月23日〜5月14にかけ、2009年度から実施(一部は2008年度4月から前倒し実施)される新学習指導要領について、その内容の方向音痴性を問題点として取り上げている。
その後のブログの話題を含め、今回の教育改革「何処がどう違う」について、以下、2008年7月16日の日記を再録させていただく。
第1:ゆとり教育からの転換として量拡大に主力を置いたのは誤り、質の向上で有るべし。
第2:ピサの学力調査で判明した、日本学生の応用力見劣りについての対応配慮が不十分。
第3:ピサの学力調査成績優良国、フィンランドの理科教育授業時間数は諸国中多い方ではなく中位である。フィンランドの特徴は、理科教育の教員資格を大学院卒業者としている点にある。つまり、教員の質の高さが問題なのだ。
第4:今回の教育改革は、その直前に発表された日本学術会議の要望書に沿って行われるべきであった(理科教育について、オーバードクター〔大学院博士課程修了者で未就職の人達〕を理科教員に活用する施策などを提言)。
第5:教育の重要性は、「自習力の向上」「面白さの発見(オール1先生の事例)」「読書の面白さ」にあることをこのブログでは既に述べた(知育偏重=知識の量的拡大、ではなく、理科教育の質的向上が重要であるはず、此は讀解力・応用力の向上にも資する)。
第6:構造改革の一貫としての教育は、将来に明るさをもたらすものであるべきであり、つまりは、TFP(技術進歩率)の向上策、ひいては、国民の理科系資質の向上が、重要不可欠と見られる、(現状は、学生の理科離れが進行)
第7:それ故、今年の骨太の方針(理科に限定しない、一般教員の量的拡大の議論に終始し、しかも、この的外れの議論さえ議論の焦点である数値目標を棚上げして、抽象論の作文で終わった)は、現下のニーズからすると前進がほとんど見られなかった。また、同時に掲記された公務員改革も、内容の薄い無きに等しいものであり、それぞれ「骨太の方針」の名に値しない抽象論の作文でしかなかった。
第8:義務教育課程の理科の教員は、フィンランドと同様に、大学院修士課程を卒業した者とすべきである。
第9:公立学校の教育指導力を向上させるには、学校別の学力調査結果を公表し、成績の良い学校がどのような学生指導方法で学力向上を達成したのかを究明し、各教育現場が、各自に最良の対処法を考究すべきである。また、教育委員会の制度についても見直しが必要である。
第10:今回の改革に小学校からの英語教育強化が入ったことは悪いことではないが、此は教育の多様化として評価したい。國が画一的に教育内容を決めることであってはならない。このほかにも、中等・高等教育では、議論を戦わせる・集団意思を討論や多数決で集約を図る・等の、実技面の教育・訓練鍛錬が、教育内容に取り入れられるべきであろう。
第11:教育改革は、日本の人的資源を質的に強化する手段であり、少子化の抑止と並んで、日本民族の明るい未来を切り開くための原因療法というべきものである。
以上のように問題点ははなはだ多いのであるが、この中で現状最大の問題点として掲記すべきものは、理数系嫌いの教員が、理数系嫌いの学生を再生産し、学生の理科離れが累積的に進んでいることと言えよう。即ち、量の問題ではなく、質の問題と考えるべきである。教育改革は、大学受験指向・知育偏重教育という、文科省の画一的中央集権的教育制度を改め、上記のように、理数系教員の教員資格については、大学院卒業以上の資格を必要とするところからでも、改革に手を付けるべきであろう。
理数系教育の強化は、技術進歩を通じて、日本の将来に明るさをもたらすことになると見られる。
また、現在家計の負担となっている教育費について、公費負担を増やす方向の施策を手厚くすると、格差を固定化する傾向にある教育制度を改変、機会の平等化を通じて社会の活性化につながるはずであろう。以上の施策の実行に工程表を付け、数値目標を設け、その事後評価も行えるようにすると良いだろう。
D社会改革・日本教の悪い面の修正
現在のお任せ民主主義、これを良いこととする官僚支配・官僚内閣制による中央集権体制が、現在の少子高齢化・年金不安、将来に明るさの見えない日本国家の運営をもたらしていることは、以上に見る通りであり、現在の日本の指導層が、これを改革する戦略を生み出せていないのも、以上の説明から読者に理解していただけるものと思う。官僚支配は、局あって省無し、省有って國無しというセクショナリズムが定着し、複眼思考による戦略的解決を阻害している。年金問題の解決には、労働面からの補助対策を必要とし、その労働対策のためには税制面からの補助的対策が望ましいのに、セクショナリズムによって、これらが全て停滞し、対症療法・玉虫色の作文・問題先送りで、事態の悪化が止められないというのが現状である。
さらに、これらの原因究明に必要な情報は中央政府に握られ、情報操作によって政策に対する反論が出来にくい体制が定着している。かくて、太平洋戦争中の日本と、全く同じ閉塞状態が生まれているのが現状と見られる。
公営でも・民営でも良いから、オンブズマン制度を作ることも、これを打破する一つの方法であろう。与党でも野党でも良いから、このような提言をマニフェストに盛り込んで欲しいものである。
また、此は地方政府の役割と思われるが、住民の社会参加を促し、意見交換の機会を増やして、民主主義社会・近代的市民社会・自由と自己規制のある社会作りに向けての努力が有って欲しい。即ち、社会参加の機会の多い地域社会作りに向けての政策努力が、各地方自治体の工夫と努力で為されるべきなのであろう。即ち、地方自治体は社会教育の意味を併せ持つ形で市民の社会参加の機会を増やすべきであり、その機会である意見交換の場において、これを論点整理・多数決による意見集約の場として活用し、そのためには、ロバート議事規則(注)を習得・体得する機会とすること迄踏み込んでもらいたい。このような機会が増えれば、多数決の望ましさが社会に浸透することになろう。同じ過ちを繰り返す日本教の悪い面の克服に役立つことが期待できよう。
(注)ロバート議事規則については、2008年8月28日投稿の日記を参照。また、この過去ログは、
やがて整理期限が来るので、近日中にサブカテゴリーに資料として再投稿する予定である。
さらに、中央政府としては、セクショナリズム抑止の手段としても、地方分権への具体的動きを、工程表を描いて推進すべきであり、この点も与党と野党とどちらが優れた案を出すかで競い合ってもらいたいものである。そして、この点については、次項の地方分権の在り方が、関連してくる問題となる。
E地方分権と道州制
道州制については、サブカテゴリーの資料9(2008年8月20日投稿)で解説している。これによれば、政治とは、国防・外交を司る政権と、生活行政を司る治権とに分かれる。政権は中央政府が司り、生活行政については地方毎に個性があるから市町村単位で行われるのが自然である。ところが、河川管理とか、道路・交通といったインフラを効率的に管理するには、この中間に広域行政単位があることが望ましい。現在は、國の出先機関である、地方の財務局・通産局・建設局・農政局がこの広域行政に携わる一方、地方側には、都道府県という広域行政機関が存在する。この2重の行政機関に、約20万人の公務員が従事しており、これらの重複を無くする事にすれば、10万人位の整理合理化(人件費節約は年間約1兆円、出先機関維持・出張旅費は不含)、公務員改革が実現するものと見られる。
もう一つ重要なことは、広域行政は、交通・通信機関の発達により、都道府県単位では単位が細かすぎて、調整がとれない状況となっているのが現状と見られる。本四架橋が3本となったり、県毎に飛行場が出来て、航空会社にも、空港設備にも、はたまた、便数が少ないという意味で利用者にも結果的には不便なインフラが出来ているのが現状である。これをもし、民選の道州制知事が住民から選ばれて、広域行政の調整に当たるとすれば、こうした知事は、広域の人々を説得し、責任を負って行政に当たるという意味で、経験と鍛錬を経た政治指導者になるに違いない。つまり、道州制は、良き民主主義政治の指導者育成システムとしても、機能することが期待できるのである。米国大統領に州知事出身者が多いこと、その演説に説得力があることなどは、道州制の利点を暗示するものであろう。
勿論道州制は、実現するまでに多くの時間を必要とするだろう。県の集合体で、調整会議を持ち、その議長の権限を次第に大きくし、最後にその議長を住民の直接選挙で選ぶというような、時間をかけたプロセスが必要と見られる。
道州制は、長期の課題として、公務員改革・セクショナリズムの打破・良き政治指導者の育成選抜についての対応手段として、その方針や行程表だけは、マニフェスト選挙に盛り込んで欲しいテーマなのである。
さて、以上このような6項目が、政策パッケイジに盛り込まれれば、明るい将来を描くための原因療法が出揃い、労働供給(減少の歯止め)・技術進歩によるTFPの上昇・所得増による需要増加・ひいては内需拡大による設備投資増加の、全てについて増加が認められ、これに外需の拡大が多少は加わるものと見て、最終的には、約3%の持続的経済成長が見込まれよう。将来に明るさの見える・ 説得力のあるマニフェストが出来ると思うが如何であろうか。
ここまで、政策を戦略的に煮詰めることが出来るためには、上記で政策的な失敗が明らかな、厚労省と文科省については、セクショナリズム打破の必要性を明らかにする意味でも、省の事務次官人事について、政治任用とか、民間との人事交流が早急に検討されてしかるべきであろう。此もマニフェスト選挙で公約に掲げて欲しいテーマである。
日本の針路についての筆者の希望は、上記のマニフェスト選挙への期待で、取り敢えずは、 一段落としたい。

