◎マニフェスト選挙と少子化対策について(その2)
このところマスコミ各社が、一斉に年金不安を取り上げたことをテレビの週間ニュース解説番組経由で視聴している。これは多分、厚労省が5月26日に社会保障審議会年金部会に公的年金の世代間格差に関する推計などの新たな試算を報告したことがマスコミに流れたことによるものと見られる。年金の世代間格差があまりにひどいので、これでは若者の年金離れが起こっても仕方がないとして、公的年金制度の抜本改革が、喫緊の課題であることを、新聞も・テレビも一斉に取り上げるようになったのであろう。そうであれば、この様な現状に関する貴重な情報を今日まで伝えていなかった厚労省は、この際、断罪されなくても良いのかどうかについて、改めて國のリーダー(与党・野党とも)、マスコミ、国民自身は考え直す必要があるのではないのか。筆者がつい最近も問題にした、「よらしむべし・知らしむべからず」の体制・日本教の空気の蔓延については、筆者は、これまでこの事態を約2年前から取り上げながら、また、このことを述べた拙著を、一部マスコミの論説委員にも寄贈してきたが、KY人間の言うこととして、マスコミからは無視されてきたように思うのだが、そうして、最近のこの大変化については、それ故まことに喜ばしく感じているところである。
それはそれとして、同時に、この喜ばしい騒ぎについても筆者には気にかかることが有る。つまりこの年代間格差の拡大、若者の公的年金離れは、何が原因で起こってきたのか、公的年金制度の何処に欠点があり、その欠点をどう直す必要があるのかについて、論議・解説の展開がさっぱり見当たらない点を問題点として上げたい。この点は、前回のブログでも問題点として上げた考え方と同種の問題点である。厚労省も、その隠れ蓑ではないかと見られる社会保障審議会年金部会も、はたまた、國のリーダーもマスコミも更にまたこれに目立った抗議もせずに傍観していた国民も、これで良いのであろうか。こうした声を上げただけでの実行面のない傍観は、結局は、気が付かなかったわけではないよという「アリバイ作り」と見られても仕方がないのではないか。抗議行動が必要な段階に来ていると思うし、だから国民は、次の選挙をマニフェスト選挙とし、そのマニフェストを通して、早急に年金制度の抜本改革が必要であり、かつ、厚労省からの人事権取り上げ、その必要な理由の周知徹底に向けて、努力を重ねることが必要と思う。要するに、そうしないと、日本の明るい未来は描けないという論理関係・因果関係について、分かりやすく、かつ、出来れば聞いていても面白い、説明会・討論会・情報公開・党首討論会などが行われて欲しいものである。
麻生首相の言う、消費税引き上げを言うから、政権担当能力があるという論理は、この場合は成り立たないことについても、確認しておきたい。消費税は徴収が容易だというだけで、大衆課税であり、貧困格差拡大的な性質を持つ税金である。当然年代間格差を拡大する性質も併せ持ち、若者の公的年金離れに対し、原因療法としては役立たないと見るべきであろう。公的年金の抜本改革をどのようなメカニズムで立て直すかの、体系的な政策パッケイジが提案されてしかるべきである。筆者は、一つの例示として、6項目の政策手段をすでに例示し、その効果の発現と波及経路についても、既に説明している。これ以外に同様の政策パッケイジと、その効果発現経路についても、提案及び説明があってもしかるべきではないのだろうか。筆者の記憶では、日経新聞に、3大全国紙及び日経新聞も加え、全てが年金問題の中心を国民年金保険料の納付率の低さとしてとらえ、その打開策としては、消費税引き上げがその中心手段であるという、解説記事を読んだ記憶があるのであるが、この様な画一的考え方と発想の貧困さは如何なものであろうか。対策が対症療法的で、原因療法に及んでいないのはおかしいと思うのは、筆者だけなのであろうか。消費税引き上げ以外にも、また、筆者の6項目提案以外にも、たとえば、学者などから、体系的な年金改革提案があってしかるべきであろう。たしか、北欧型の高福祉高負担型にせよという議論はあったとは思うが、これは、消費税引き上げの延長のように筆者には見える。これ以外のものが、私の耳に聞こえてこないのは、何故であろうか。マスコミには、このような大問題については、是非ともバラヤティに富んだ、提案を伝えたり、比較したりする役割を担って貰いたいものである。
政府やマスコミのこの様な迷走状況が気になったのかも知れないが、マスコミの一角、読売新聞の渡辺恒夫会長が、安心社会実現会議において、厚労省の分割案を提案し、これを受けて、麻生首相がこの案の検討を官房長に指示したことが伝えられた。これと共に、厚労省所管の保育園と文科省所管の幼稚園の一括運営についても、同様の検討がなさるべしとの声も上がった。しかし、厚労省分割案は、関係官庁、それとつながる族議員が一斉に反対の声を上げ、麻生首相は事実上の腰砕け状態となり、麻生首相はこの指示の取り消しにこだわらないという発言をするに至っている。大山鳴動してネズミ一匹とはこの様なことを言うのであろうか。保育園と幼稚園との連携運営についても、官庁・政治家のセクショナリズムの影響で、もみ消されたようである。日本教の空気が如何に弊害が大きいかを示しているのでは無いだろうか。大平洋戦争の体験を持つ筆者としては、国民が310万人も無駄死にをしたのに、日本教の空気の弊害について、未だ、この無駄死体験・日本の近現代史から何も学んでいないという国民は、そろそろ目を覚まさなければいけないと思うし、この点は、目前に迫った総選挙において、これをマニフェスト選挙の形にすることにより、そしてまた、近現代史からの学びを生かすか殺すかについて、マニフェストの具体的な項目で、例えばどの項目がセクショナリズムの打破に資するのかどうかを考慮することにより、意識的に自覚を持って、選挙の意思表示をして貰いたいと思う。
付言すれば、渡辺恒夫氏も、現状の閉塞状態に対し、何の新規対策もその打破のために提案されないことについて、気にして居られたのではないのだろうか。厚労省分割案は、厚生大臣の発想の貧困に対する不信任案ととれないこともないのではないか。渡辺氏は、ねじれ国会の迷走状況についても、現状打開のために、大連立の提案を既にされた経緯もお持ちである。大連立も、年金改革を実現するためには、一案であることに間違いあるまい。この案が壊れたのは、この実現のための根回しが不足したから、と言えないこともないのである。麻生首相の腰砕けは、マニフェスト選挙の必要性を、一層強く感じさせる出来事として、マスコや心ある評論家は、声を大にして報道してもらいたいものと思う。
その後、前回述べた企画庁の計画、即ち、日経新聞社の社説にフォローのあった少子化対策案は、経済財政諮問会議に民間議員の提案として提出されたとの新聞報道を見た(5月29日付日経新聞)。この案が現政権のマニフェストと言うことになるのだろうか。この案には多少の少子化対策(子供手当)と世代間格差対策(教育費の国庫負担増)が盛られているようではあるが、この程度の少額では、少子化にストップをかけるには力不足であろう。教育改革や、筆者の提案したワークシェアリングに踏み込まないと、その少子化対策としての実効は上がらないのではないか。また、公的年金の資金繰りを左右する積立金運用利回りも、報道のように4.1%を使っているのであれば、その実績値は確か2%台であるし、長期国債利回りが2%を割っている状況では、そして此は複利計算で影響が出る話であるから、此で年金破綻や少子化抑制を期待するとすれば、太平洋戦争中に神風が吹くから、日本は戦争に負けないという主張があったのと同程度の知能指数を持つ戦略案と見られる。厳しく見れば、アリバイ作りの玉虫色の作文と同程度の作品である。民間議員も、小泉内閣時代の4名と、今回の4名とでは、大学生と中学生くらいの力量差を感じさせるものがある。要は複眼思考が出来るか出来ないかの差がある様に思うが、如何であろうか。なお、竹中大臣日記を読むと、民間議員提案は、首相からサポートが得られるように根回しして、提案しないと、会議で集中砲火にあって、沈没してしまうようである。だから、民間議員の力量だけの問題とするのは、やや気の毒かも知れない、担当大臣の力量の差も反映したものと言うべきであろう。だから、民間議員提案だなどと言わない方が良い。民間議員は、企画庁(正式名称は内閣府)提案とは別に、こんな案もあり得るよという案を別に出すべきではなかったのかと、思われる。そうでなければ、参謀としては役立たない筈だからである。
本論からは、やや脱線しているが、若者の年金離れを直すには、若干の子供手当や学費の国庫負担くらいではもう間に合わない時期になりつつあるのではないかと感じられる話を次に述べておく。
これは、アラフォー(40歳前後)のサーフィン好きの青年の話である。彼は一部上場大企業・電気通信会社のシステムエンジニア(単身)である。単なるプログラマーよりは上位のシステムエンジニアだから、当然所得は中位数よりも高く、平均所得に近い収入を得ていると見られる。それでも、彼は日本の生活・将来に見切りを付け、インドネシアのバリ島へ行って、企業を起こそうかと考えているとのことであった。彼の友人が、既に日本の観光客を相手に、ガイドも行い、かつ、ガイドの手配師としての仕事もして、生活が成り立っているから、それを見習っていろいろやってみたいという話のようである。インドネシアの生活は、現地の食事は激辛で、老人には合わないが、若者にとってはおいしくて極めて安いそうである。だから生活費は月2万円有れば生活ができるとか。それ故、企業活動をいろいろやってみて、一つ二つ失敗しても、そのうちにうまい方法を発見出来そうだということであった。このような青年達を、海外に追い出すように働く力は、不公平な年金制度ばかりではないだろう。働き過ぎでも報われない処遇、また、理系でかっては華やかであった原子エネルギーの研究活用も、昨今では環境問題解決には肝要点の筈だが、この辺についての無知や偏見の存在。こうした無知や偏見が罷り通っているのは、義務教育も社会教育も何処かおかしいという問題、つまり、学生の理科離れを長期間かけて作り上げた、理科嫌いの教員が理科嫌いの学生を再生産し、それが定着している現状という問題。プログラマーについても夢のあるプログラマーの働かせ方について、何等かの工夫があってしかるべきではないのか。さらにこの状態を作り上げた、全国画一的な学生指導要領という問題。また、「問題点はゆとり教育」という問題設定の方法論の誤り。さらに、大学入試合格が最大の目的のような学校の学生指導体制。そうした現状が、日本の将来を暗くしているという認識が欠如している、統治機構とマスコミの意識・認識の低さ・暗さ。まことに問題だらけであり、だからこそ、日本は閉塞状態に置かれているのである。つまりは、年金制度と厚労省だけが大問題ということではない。他にもあるのだが、少なくとも、厚労省と共に、文科省も、日本の将来を暗くした主犯としてあげられるべきなのである。
少なくとも、女性は、20歳代に第1子を出産しないと、異常分娩の確率が飛躍的に高くなる。此が生物学での事実であり、常識である。だから、この点について重大な異常が起こっているとすれば、義務教育の理科で、此は教える必要があるのではないか。また、此は、男性が草食動物化し、女性が肉食動物化しているという笑い話だけで済む話ではないだろう。学校教育ばかりではなく、社会教育・地域教育・家庭教育も、理科嫌いの先生による理科嫌いの学生の再生産の悪影響が及んでいるということではないのだろうか。こうした事態を無視するような生物は、絶滅種になるように自然界は作られている。日本人は何時生物以外の存在になったのだろうか?
このように見てくると、厚労省と文科省は、日本を暗くした主犯であるとするのは、ダーウィンやメンデルの自然法則からも理解されてしかるべきなのである。筆者としては、此も大切な複眼思考の一つとして考えている。
さて、脱線のようになったので、今回は不定期の投稿となった。前回予告した、第3、第4、第5の問題点は、10日頃投稿したい。これらは、今日の話と密接に関係するものとなっている。

