◎マニフェスト関連:少子化対策について(その6/資料編)
前回@の解説では、少子化のスピードダウンが、容易ではないこと。即ち、少々の対症療法では、日本民族が絶滅種の立場からの脱出実現は確率的には困難であろうとの見通しをその理由を付して述べてきた。では、どの程度に此は困難であろうか。このところ日本の若い男性は、草食動物化したと言われ、一方、若い女性は肉食動物化しているとも言われる。どうも日本の男性は、自然法則に関する知識もなく、社会環境からも去勢され、草食動物化したとも見られる。この状況は困ったことだとの認識は、マスコミにもこのところ生まれているようだが、これを積極的に改める具体策・原因療法は有るのかと見てみると、この点がすこぶる怪しいのである。
マスコミがこのところ少子化対策の重要性を主張していることは喜ばしいことであるが、これが消費税引き上げや、大きな政府実現への既得権者の活動拡張の口実に利用されることがないのかと心配である。日本教の風潮の中ではマスコミとしてはほめるべき事例なのに、それにケチを付けるようで悪いのだが、6月22日の日経朝刊の社説の例を見よう。このところ、「チェンジ!少子化」というシリーズものを展開しているが、この日の社説は「生活重視の職場風土に改めよう」という主張を述べている。その主張を引用の形で要約すると、『職場を生活重視に変えるポイントは3つある。先ずトップの指導力、次いで管理職の意識改革、第3に男性の働き方だ。』となる。内容はお説教であり、これでは、政策の提案、原因療法の具体的提案とはならない。即ち、お説教が不要だとか、無意味だとは言わないが、日本民族がここ数十年絶滅種への道のりを続けているという危機的状況の中では、このような手ぬるさで良いのだろうかと疑問符が付くのである。前回ブログの末尾などに述べたような、官僚制度の問題点に切り込んで置かないと、折角のマニフェスト選挙の機会なのに、この貴重なイベントを学習の機会として十分活用できない上、下手をすると、「ゆとり教育の是正」問題の例のように、方向音痴とか焼け太りの結果さえ心配されるのである。このブログの立場は明るい未来に向かって、最大多数の動員を誘うような参加型の、原因療法の具体策を、なるべく多くの人から案出提案してもらいたいという立場である。マスコミはその媒体となって欲しい。当ブログは、くどくどしくて恐縮だが、若年労働者の時間外労働規制の強化と、税制改革、さらには、教育制度・教育内容の改革にも踏み込み、この為には公務員制度の改革まで随伴する必要があることを記述している。また此が出来るのは、マニフェスト選挙を確実に実施することとも考えているものである。
もう一つ例を挙げよう。此も「チェンジ!少子化」キャンペーン社説の一例である。6月28日日経朝刊社説の表題は、「日本の「結婚」は今のままでいいのか」として次のように言う。その内容要約を引用の形で述べると、『法的に結婚していない両親から生まれる「婚外子」の割合が欧米諸国で増え続けている。……(昨年出生児中婚外子の割合、フランス53%、スゥェーデン55%、米国40%、独30%、日本2%)……欧米で婚外子が増えているのは、……結婚とは別の形のカップルを法的に認める仕組みが生まれ、婚外子の概念そのものが変わったことが大きい。……(例:スゥェーデンのサンボ、フランスの連帯市民協約)……婚外子の割合が増えたからと言って、出生率が高まるとは必ずしも言えない。ただ。フランスの昨年の出生率は、2.02、スゥェーデンも1.91と先進国の中で高い。……日本の結婚の在り方が、少子化の一因となり出生率上昇の妨げとなっているとすれば、障害を取り除く必要がある。それは、婚外子の相続差別をなくさねば始まらない。』
もっとも、同時にこうも言う。『2006年内閣府の世論調査では、58%が婚外子を法律上不利に扱うことに反対しながら、民法の相続規定に対しては、41%が「変えない方が良い」と答え、「相続額を同じにすべきだ」の25%を上回った。此も日本人の家族観、結婚観の表れである。』
以上の社説の主張は、事実上、少子化について悪いのは国民であり、官僚ではないと主張することになってはいないのか。国民にお説教をすれば、少子化が直せるとでも思っているのか。現在の日本では、両親の介護がしばしば長男の嫁が担当することが多く、さもなければ次の順位は、兄弟の誰かとなり、非嫡出子が、父親の介護をするという例は先ず無いのではないのか。その実状を頭に置いて、世論調査結果が、相続規定は当面は変えない方がよいとなったのだと考える方が自然だと思う。此は、老人介護の制度に問題があるのであって、従って、官僚の実状に関する認識不足、及び、その結果としての失政を追及すべき問題であると思われる。
日本民族の対外比較で優れた点は、真面目さ、勤勉性、信用を大切にする点(誠実性)にあり、しかもこの優れた資質が、社会の上層部に限らず(ノブレスオブオブリージだけではなく)広い底辺を持っていることが特徴点であり、ある意味では強い対外競争力を持っている。また、このことはむしろ日本では特徴とは思われず、一方、海外ではむしろ強く認識されているもののようである。この事実を教育内容に取り入れ、日本民族は自信を取り戻し、将来の明るさにつなげるべきであろう。
なお、念のため、この一面を語る新聞記事を引用形式で見ておこう。日経新聞6月29日の夕刊にある「シングル親の介護に直面」と題する記事である。『晩婚化が進む中、結婚よりも先に親の介護に直面する単身者が出てきている。婚活どころか、仕事もままならない。将来不安を抱えながらの介護生活をどう乗り切ればよいのか。』ではじまり、実家のある滋賀県の民生委員に言われ、東京のソフトウエア会社を退職して故郷に戻り、親の介護をすることになった53才の独身男性の話を紹介している。前記の、民法相続規定の改定が先、とする社説の結論が如何に民意を離れたものであるかが分かるはずであろう。
ところで、この社説にも見直すべき良い点がある。即ち、これは資料提供としては貴重な情報を提供している。即ち、少子化の是正は、日本教が導出するような困難という結論ではなく、やりようによってはかなり早急な是正が、物理的には、換言すれば、自然や神の摂理に従えば、実は、可能、かつ、さして困難ではないという証拠を提出している点である。だからこそ、これを可能にする、官僚制度の改革・公務員制度の改革に重点を置いた、マニフェスト選挙の実行を大切にしたいのである。
また、寄り道が長くなってしまった。以下本題にはいる。
A資料:「年金制度回顧録」について
此は2008年7月23日の日経新聞からの引用であり、資料的には孫引きになることをお許し頂きたい。記事は、「ザ厚労省」という連載記事の第1部5で、「戦略無き取り繕い行政」という表題の記事に依存している。資料は以下の通り、
『厚生労働省のベテランなら皆知っている文章がある。公的年金の源流である労働者年金保険制度の創設に携わった旧厚生の花沢武夫(故人)らによる「厚生年金保険制度回顧録」だ。発刊は1988年。こんなことが書いてある。
すぐに考えたのは膨大な資金の運用ですね。何十兆円もあるから、一流の銀行だってかなわない。厚生省の連中がOBになったときの勤め口に困らない。年金を払うのは先だから、今のうちどんどん使ってしまってかまわない。先行き困るのではないかという声もあったけれども、そんなことは問題ではない。』
以上から、多くのことを読み取ることが出来るはずである。官庁の単年度会計も問題だし、官僚は天下り先の確保を最優先順位に考えて勤務していることも分かる。プラン・ドゥ・シー、ないし、プラン・ドゥ・チェックの考えもない。公務員だから、失職の危険もない。つまり、公務員制度改革とか、官僚制度の改革が、現在必要不可欠、改革の最優先順位にあるべきだとの結論が自然に出てきて良いのではないだろうか。
よって、麻生首相が、厚労省分割を口にし、また、すぐにそれを取り下げたのは、日本教の空気の存在を示すものと考えられる。一方、此も日経新聞6月22日朝刊記事「領空侵犯」欄で、松井証券社長松井道夫氏は、「結論を言うと、厚生労働省を廃止するのが医療の立て直しに向けた究極の方策です」と述べ、厚生労働省には、戦略的発想・政策担当の発想が乏しいことをその理由としている。年金制度の改革も、日本の明るい将来への道筋を探るという意味で、正に戦略的発想を必要としているわけで、厚労省には、この戦略的政策担当能力無しという見方では、松井証券社長は当ブログ筆者とほぼ同じ見方と言えそうである。
公的年金制度は、概ね中位数までの所得者の年金を扱い、この財源は、かなり公的資金に頼り、保険料はその一部とし、その計算記録事務は、従って民間委託として良いのではないだろうか。この民間委託事務の受託会社は、役得はないが、真面目に務めさえすれば、会社がつぶれ失職することはないから、現在の官僚のように、悪いことをしても役得があり、身分も保障されるという程大きな利点はないが、真面目な努力家には、リスクがないという日本人向きにはよい職場となりそうなのである。
なお、次回は、B高齢者用失業対策事業とか、C人事評価につて考えてみたい。

