◎ワークシェアリングと整合的な労働需給対策、8/6日投稿
自民党のマニフェストが漸く公表され、マスコミでは、各党のマニフェストの評価・点数付けが格好の話題となっている。此について国民はどのような受け取り方をするのが良いのだろうか。
このブログの独断と偏見を含むとの批判を承知の上で、結論的に言えば、マニフェストの評価は国民が自分で考え自分自身の問題として為すべきものであり、マスコミは国民が判断をする場合に必要な客観的情報の提供を、先ずもって優先すべきではないかと思われる。
ところがこのような立場から見ると、第1にマスコミが、(その形式は評論家に依頼する形のものもあるがこれ等をふくめて、)与党と野党のマニフェストを並列に並べて、点数付けをするものが多いように思われるが、このような姿勢は、基本的に間違っていると言わなければならない。このブログでは、既に政治は3流、マスコミは2流、経済は1流という一般的評価をしているが、今回の動きを見ても、この一般的評価はやはり正しかったのかと、国民への啓蒙の意味を含め、また、必要な啓蒙改善への動きとして、その評価の妥当性の検討、および、マスコミ実施の評価自体を評価の俎上に載せることを以下で実施してその結果を記述してみたい。そしてその上で、ブログの立場から各党マニフェストの比較評価結果について述べておきたい。
具体的に述べると、日本の失われた10年からの立ち直りからの動きと今回の対策への動きとを対比して見ると、評価の手法はどうあるべきかが分かりやすいのではないだろうか。例えば、経済は一流と言われる経済界の戦略的対応についてみると、今回の世界的不況下の動きの中で、日産自動車は、配当を無配にした。役員賞与もカットした。雇用調整も実施した。そして、大切な点では、此までの基本的行き方で、環境対策への取り組みに出遅れた点を明確に失敗と認めたことである。具体的にはハイブリッド車開発に遅れたことを失敗と認めたのである。この失敗の大転換として、今後の開発の主目標を電気自動車の開発に主力を置くことを明らかにしている。電気自動車の普及には、大容量の蓄電池の開発と、充電ステーション網というシステム開発・同普及との双方を必要とするという難関があり、実用化にはまだ時日を要すると見られる。しかしながら、失敗を失敗と認めることにより、今後は失敗からの学習による進歩の芽を模索し、発展への長期的体制固めを同時的に行っていることが見て取れる。このような長期・短期の対応の双方をきちんと出来る点が、一流の一流たる所以と言えるだろう(これに対比する政治とマスコミとの批評については後述)。自動車産業でも、成功のグループと見られる、トヨタとホンダでさえも、今回の世界的不況に対しては、在庫調整と、過度の外需依存という問題点のため、減配と雇用調整、設備投資のスピードダウン・組み替えなどを実施している。このような調整能力を内部に持つ点が、相対的な勝ち組であれ、負け組であれ、長期対応へ向けての自己調整をなし得る点・経営能力を保有する点・戦略的対応を取りうる点・その根源となる複眼思考をなし得る点が、経済は一流と言わしめる所以と見られるのである。即ち、これらは自浄作用を持っている。何らかの形で、信賞必罰の行き方が取られているのである。
これに対する、3流・2流(政治・マスコミ)の環境対応力、変化への対応力とはどういうものであろうか。即ち、戦略的な動き方として評価できる点は、どのように発表されたマニフェストに表れているのか、或いはいないのか。
このような視点に立って、政治とマスコミのマニフェストのついての考え方とその評価の姿勢について、典型例を挙げながら批評してみよう。
間接的にもせよ、手続きを経て一国の総理に選ばれた人に対して、失礼な言葉を使って恐縮だが、換言すれば、複雑なこと・複眼思考を一般国民にわかりやすく解説しようとの意図であるから失礼の点をお許し頂きたいのだが、麻生総理の説明は、論理的には繋がりが無い、分かりやすく言えば、大筋に着眼すると「支離滅裂」に近いと筆者は評価する。正に政治は3流だと言いたいのである。
前にも同じことを述べその繰り返しを詳しく述べることになるので、煩瑣の点はお許し願いたいが、「景気回復が第1に重要であるから、景気が回復したら消費税を上げる、これで財源の手当計画を述べているから、責任能力・政権担当能力がある。」という麻生総理の発言は、経済理論的に言えば、基本的論理が間違っている。前に述べたときは、日本の将来の明るさに繋がるマニフェストを指向するならば、構造改革を行わなければ、日本の明るさには繋がらないし、構造改革を行うには、優先順位からすると、重要性の第1は少子化対策(此は当然に需要拡大に繋がるから景気支持要因でもある)の筈であり、これだけでは需要に不足する場合には、第2に不足需要を補う景気対策を行っても良く、だから此は、あくまでも第2順位である。そして、第2順位の景気対策や、景気回復が起こった後の消費税引き上げだけでは、この戦略は日本に明るさをもたらす要因としてはごく僅かであり(財政収支改善程度)、基本問題点である少子化(日本民族の絶滅種化への道程)対策としては殆ど役立たないから、国政を任されたものとしては、つまり麻生発言だけでは、説明責任を果たしたことにはならないのである。その後自民党は、マニフェストの追加として上げ潮政策として、2%成長を長期目標にするという追加発表を行ったとのことであるが、こんな将来についての口約束を追加するだけでは、責任能力を証明したことにはならないだろう。だいたい、以上の説明では、どのようなメカニズムで、2%成長が確保できるのか、また、それが実現される因果関係で、どの力がどのように働くから、それが実現へと結びつくのかが、全く説明・証明されていないのである。これでは無責任な放言としか言いようがない。この予言が当たるという背景説明がさっぱり無いからである。成長の方法論として、需要拡大しか手段を持ち合わせていないのに、そして、将来の明るさには、需要面・供給面・技術面の3要素で少なくとも保証とその説明が必要と考えられているのに、需要面だけの説明ではとても信用できませんよというのが、まともな考え方と言えるのではないだろうか。
どうも麻生総理の頭の中には、経済学の静学しか存在しないようで、成長は需要を付ければ自動的に生まれるという論理に終始したように、筆者には見える。経済を長期に扱う、つまり将来の明るさについてもその因果を議論できる経済学の動学をご存じないようなのである。長期経済の動きにつき、因果関係を説明するには、需要のほか、供給即ち生産能力(労働と資本の増加能力)の拡大や、生産技術の進歩についてもその因果の説明が保証されなければならない。麻生総理の説明は、需要面の説明だけであり、その後の自民追加マニフェストについても、供給面の予測(悪く言えば・希望的観測)2%成長が聞こえてくるだけで、どのようなメカニズムで希望的予想を実現するつもりなのかという因果のメカニズム説明が、全く聞こえてこないのである。少子化の長期継続で日本民族の絶滅種化が懸念されている状況においては、労働力供給の確保面の説明が特に大切ということは言うまでもないことと思う。それ故、麻生説明・自民党マニフェスト追加説明では、将来に明るさを持つ経済についての説明責任を果たしていないと筆者は考える。正に、政治は3流との評価が相応しいと言えるのではないか。まことに寂しい限りとも言えよう。
次いで、マスコミの与野党のマニフェストについて、これらを同列において政策項目・支出項目、財源項目、ごとの点数付けによる評価比較という手法について、これでは投票を決断する場合に、十分に役に立つことにはならないという問題点について説明する。個別項目にそれぞれ点数を付け、その足し算合計額が全体の総合評価になるかのごとき手法でマスコミ説明が行われているが、筆者は此の手法はおかしいと思う。世を惑わす批評になりかねないと考える。
本題に入り、マニフェストの比較検討に入る。その第1の項目は、長期の将来目標、目標とする国家像の提示であり、これと共に長期短期のそれへの因果経路の提示があるべきなのである。もちろん選挙は、当面の4年間の政策選択ということになるから、主役は、短期の施策、そのスケジュール、短期の数値目標であるべきであろう。ただ、この短期目標が実行可能であっても、長期で見ると方向性が違っていては 、4年たった後に国民が、話が違うじゃないかと抗議をしてもこれは後の祭りということになる。それ故、第1の項目は、脇役ではあっても、最初の検討項目としておくことが重要と思われる。この点で、自民党・民主党のマニフェストはともに大切な説明が無きに等しいと言えるだろう。また、この問題は、少数政党については、この辺はキャスティングボートを握るチャンスがあるのかどうかとも絡み、筆者は能力不足を自認して、コメントは選挙後に持ち越したい。
ただ、自民党、民主党を公平に扱うことにはならないが、両党のマニフェストの信頼性については、その評価をするという別途の作業があっても良いのではないか。此は、自民党についてはしっかりと出来るし、民主党には殆ど出来ないという不公平な面があるが、此は可能な範囲でしっかりやっておくことが大切と思う。その方法は、過去のマニフェストがどれほど守られたか、守られなかったか、について、評価して点数付けを行うべきだと考える。
この点について、筆者と結論が全く同意見というわけではないが、この間の事情説明で卓見と思われるマスコミ記事を引用させていただく。8月6日付日経新聞:大機小機欄:枯山水氏の「自民党衰退の経緯」と題する記事からの引用である。
『……(前文略)……
「自民党をぶっ壊す」と言って登場した小泉政権を国民が熱狂的に支持したのは、構造改革で既存秩序を破壊し、全く新しい制度や仕組みによって「失われた10年」から脱却するのを期待したからだ。
「国から地方へ」「官から民へ」「大きな政府から小さな政府へ」など、掲げたどのテーマも国民の心を捉えた。
一方、小泉氏が後継指名した安倍晋三首相は、構造改革を継承すると言いながら、総理就任直後に郵政造反組の復党を認め、早々と改革路線からの逆戻りを始めた。…… 安倍内閣は、…… 在任1年で退陣となったが、…… 参院選の敗北で参院の過半数を野党に取られ、福田内閣、麻生内閣は …… 国政運営が困難を極めることとなったのである。自民党衰退の最大の責任が安倍内閣にあると言われる所以である。 …… ぶれる自民党政治に飽きて、「チェンジ」を求める国民に対し、民主党は「政権交代」の4文字で変化をアピールすることに成功しつつある。民主党のマニフェストに示される政策は多分にバラマキの色彩が濃いが、ポピュリズムに乗って支持を獲得してきている。
民主党に対抗してバラマキ合戦をするだけでは自民党の復活はない。国家100年の計を立てて政策実現に取り組むぶれない政治こそ、国民が望む方向である。』
以上の通り、自民党は、マニフェストで表明しても、これを平気で破る政党である。さらばと言って、民主党はマニフェストを守るのかと言えば、此も保証の限りではない。自民党のマニフェストは、後出しじゃんけん的に、少子化対策などのバラマキを増やしたという面もある。国民にとって吉と出るか・凶と出るかは分からないが、今回は兎に角チェンジしてみるというのが、国民が経験を通して賢くなるためには必要なのではないか。
つまり、もし今回の選挙で、政権運営に失敗したら与党は下野するというルールが成立するならば、その成果だけでも、このマニフェスト選挙は、なにがしかの成果があったと言えるのではないか。勿論これから国民が学ぶところがなかったならば、この成果はゼロになってしまうのであるが、……。
さらに始めに戻って、マスコミが、与党と野党のマニフェストについて、同列のマニフェスト比較を行うことは間違いという点について説明したい。そんな不公平なことをするのは「KY人間」のすることで、問題外と言われそうだが、与党は説明責任があるからとして、公約違反は何故せざると得なかったのか、その説明をすべきであろう。後出しじゃんけんのように、バラマキの追加をするのは、どのような意図からこれを行うのか、さらにその説明をすべきであろう。
最初の問題に戻って、マスコミとしては、このような視点から、マニフェスト検討の第1項目として、与党については、どの程度の約束違反を与党は行い、今後の見通しはどうであるのかを評価記述して欲しいのである。それが、国民に対しての親切というものであろう。このような不公平な比較をすると、与党のこの項目の点は、マイナス点であろう。後出しじゃんけんでよいから、投票日前までにその言い訳を聞きたいものである。一方、野党民主党についても、バラマキ色が強く、プラス点にはなるが、不透明なので、大きいプラス点を付けるわけにはいかないだろう。此についても、説明抜きでは尻切れトンボとなってしまう。続きは、次回に補いたい。
なお、筆者は、著書の中で、政治家としては松下政経塾の出身者に期待していることを述べている。この塾の出身者は、若すぎる人達ばかりではあるが、自民党にも民主党にも在籍している。



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