2009年08月10日

【マニフェスト関連:少子化対策について】8月10日投稿


◎ワークシェアリングと整合的な労働需給対策、8月10日投稿

 今回も自民党批判にウエイトがかかってしまうが、当ブログとしてはその副題にも有るとおり、老害大国をどう克服したら明るい未来を開くことが出来るのかを考究する立場を取っており、それが自然に、老害が特にひどい自民党にウエイトのかかった批判となっていることをご留意願いたい。この老害のひどさは、小泉改革を誤解する形にも表れていることを、今日は取り上げたい(表題のテーマからはかなり離れているが、日本教蔓延の雰囲気の中で、これを分かりやすく説明するためには、この脱線もやむを得ないと筆者は考えている)。
  即ち、今日のテーマは世上では、『小泉改革は「格差」を拡大した。よって小泉改革路線は修正されるべきである。』と「主張・誤解!?」されている点を取り上げる。この主張は、マスコミの日本教的報道もそのようであったし、筆者もその傾向は実は多少はあるのかなと思っていたところであったのだが、その問題点を扱う。
 即ち、今や日本の常識となったこのテーマは、実は誤りであると、日経新聞:'09年8月1日付:大機小機欄:で夢風氏が述べられたのである。しかもこの点は、今年の経済白書に書かれており、それ故に、白書の担当大臣(与謝野馨大臣)による「構造改革の裏側でひずみが出たことを正面から認め、現状認識として押さえるのは意義がある。」との(事実誤認の)コメントに、夢風氏はさらに驚いたとも述べているのである。
 この夢風氏の驚きは、筆者にとっても大きな驚きであった。それと同時に、これは、自民党の老害の大きさを改めて認識させられる驚きでもあった。与謝野馨氏は、自民党の中では世上真面目な勉強家として知られている方であるが、その人が自分の担当配下の若手公務員の調査物を曲解するかたちで世上に虚偽を流布するようでは、日本の統治機構は危機的状況にあると言わなければならない。
  そのような驚きと共に、筆者としては、夢風氏及び内閣府・白書担当者の手堅く、かつ、得難いご努力に、蒙を啓かれ、この得難い貴重な知見の提供に、敬意と感謝の意を表するものである。(注)
   (注)当ブログでは、7月27日の投稿記事で、今年の白書の原本を読まずに、マスコミの紹介記事を
     基に、白書批判を行って結果的に白書を誤解していた。なお、同時に、白書は、関係各省の了解
     を得ないと公表できないという悩みを持つことについても触れているので、この点を蛇足として書
     いておいて良かった、せめてもの慰めであったと思う次第である。
 以下では、夢風氏の貴重な主張を引用の形で述べさせていただく。
 白書による「格差の分析」は次の通り、
 『先ず、ジニ係数で、見た格差は、過去十数年一貫して拡大してきたことが分かる。しかし2000年以降は、むしろそのテンポがマイルドになっている。世間一般には、小泉改革で格差が拡大したと言われているが、事実は全く異なると言うことになる。
  さらに白書は、…… 格差拡大の背景に高齢化(格差の大きい高齢者の増加)…非正規雇用が増えたこと(=労働市場の構造的問題)…の要因を…示している。その一方で、世代内格差が縮小しているという興味深い事実を示している。
 一般には、規制緩和で競争社会となり、結果的に格差が拡大したとされる。そうであるなら、世代内の格差が拡大していなければならない。 …… (この間に、上記担当大臣のコメントなどが入る) …… 日本社会は諸外国に較べ今のところ(格差は)軽症だ。…… 競争が格差を生み出したという誤解は捨てなければならない。 …… 「格差にひるまず成長戦略で経済を強くしよう。それが格差是正への道だ」といった正論を聞きたい。』
 以上、夢風氏の卓見を引用させていただいた。
  多くの自由人が存在する民主主義社会では、格差のない社会はあり得ないのであるし、国民が全体として、真面目に努力をすれば、将来には明るさが感じられるという社会を目指すべきであろう。努力の差に基づく多少の格差はあっても仕方がないと言うべきである。このブログでは、目標とすべき社会像として、最大多数の最大幸福を目指せと、その一例を示した。この例は、イメージの湧きにくい表現であり、賛成できる人は少ないかも知れない。このほかに、科学技術立国という目標を推奨される方々が居ることも承知している。この科学技術立国は、日本の国状にもかなり合うものがあり、筆者としても惹かれる点は大いに有るのだが、もしこれを第一に掲げると、現在の政治・官僚の癒着状態からすると、また、日本教という日本人の悪癖がまだ十分に近代化されていない状況からすると、大きい政府主導の不経済な科学技術開発が跋扈し、また軍事技術の開発と、産軍複合体・民主主義を脅かすおそれのある団体・危険な政治勢力がさらに形成される懸念が無いとも言えないのである。この分かりやすいテーマは、不幸を招く美辞麗句になりかねないという難しさを伴っていると考える。
 翻って考えると、実は、美辞麗句を連ねて、国民を不幸の道に誘導するのは、日本教の得意とするところのようである。3流の政治・統治機構と、2流のマスコミとが、協力する形で、大平洋戦争・大東亜戦争は引き起こされたものであり、つまり、もし戦略的な対応、外交戦略を採り得たとすれば、大平洋戦争(=対米戦争)は避けられたはずだし、従って、日本国民の死者310万人という戦争犠牲者を、激減させる道はあったと考えられるのである。
 大平洋戦争は、大東亜共栄圏の建設とか、欧米植民地の解放とか、美辞麗句を掲げて、もし戦略的に対応すれば国民の犠牲を大幅に減らせたものを、結果的には上記の犠牲を出してしまい、しかも悪いことに、その後の日本と日本の現状とを見ると、こうした経験からの学習・反省がほとんど無いというまことに気味の悪い状況にあると考えられる。そして、この点で特に悪いのは、日本の3流の政治(統治機構)と2流の日本のマスコミである。
 このブログは、日本の危機の最大要因は日本の少子高齢化にあると考えている。そして、日本の少子高齢化傾向は、既に40年間も続いている。責任有る統治機構、また、これを監視すべきマスコミは、少なくともそれから10年間経過後の30年前の頃には、この危機について警告を発し、そして此は、同時に大平洋戦争からの必要な学習不足から生まれていることの啓蒙に着手されていなければならなかったと考えられるものである。このパラグラフの説明は、大平洋戦争を知っている世代が、最早ごく少数になってしまった現状では、現状について多少変だなと感じる人も有るとは思うが、何故こんな事が起こるのかを、上記の説明のように正しく理解できる人は、経験者が少なくなったことでもあり、それだけに、ごくごく少数になってしまったとゆうことであろう。それでは困ると、このブログは、2年半前からずっと、過去の経験知を基に、その経験を現在に役立てるべき項目を書き続けている。しかし、大平洋戦争・敗戦という、死者310万人という、莫大な犠牲を払いながら、つまり、莫大な授業料を払いながら、それからの学習がほとんど無いという日本教(注1)の現状を見直す必要性を強く感じ、筆者は今回の選挙を絶好の機会として捉え、マニフェスト検討を通して、これが啓蒙に役立つことが大切と考えている。つまり、マニフェスト選挙は、日本が近代的自由と自立の社会・民主主義の社会に近づくための絶好の機会である。改めて、この選挙を、お任せ民主主義からの脱却・近代的市民社会の建設に向けての機会にしたいと思う次第である。
 なお、我田引水になって恐縮だが、当ブログの過去ログが既に整理・消去されてしまっているので、日本教や大平洋戦争敗戦から得られる教訓を、この際少しでも多くの方に学んでくださるようにお願いしたい。(注2)
   (注1)サブカテゴリー:資料16:D(反省点4)組織の中の日本人の盲目性(山本七平・日本人論か
     らの示唆)、7/19日投稿
   (注2)筆者著『日本の針路・戦略不在システム・「カイゼン」への道』発行所ブイツーソリューション
     2008年5月(アマゾンの扱い有り)
      本の内容を示すものとして、当ブログ、サブカテゴリー:資料3:『日本の針路・戦略不在システ    
     ム・「カイゼン」への道』目次、5月28日投稿、も参照。
 このように述べてくると、日本のマスコミは残念ながらまだ2流の域を出ていない。日本のマスコミは、日本教から抜け出ることができず、どのような比較をすれば、民主主義の前進に役立つかという観点の抜けた平板なマニフェスト比較を行っている。それで例えば、自民党がバラマキであることと同時に、バラマキついて野党民主党の方はどうかという点も盛んに攻撃し、前向きに良い点を両党で比較することが少ないという状況になっている。平板的な比較では、民主党の方が自民党よりは多少マシという程度にしか評価が出ないであろう。民主党にも老害が存在するし、マニフェストも良い点もあれば、悪い点もあり、民主主義とは、試行錯誤をしながら良い方向へ向かうことが大切なのだが、その辺さえもはっきりしないという比較になってしまう。これでは国民の啓蒙には、効果が薄い。
 マニフェスト選挙を通じて、マニフェスト違反をして、その釈明(与党のマニフェストにはこの部分があってしかるべきである)を行い、此で国民の審判が、落第と出たならば、与党は下野するのが当然とするルールを作ることが、今回の選挙の一つの目的であって欲しい。当然、今回の選挙で、選ばれた党が、マニフェストを守れなかった場合には、次回の選挙では、国民の審判の基づいて下野するというルールに従い、このルールを定着させることが、日本の将来を明るくするためには大切と考える。民主党の藤井議員は、テレビ討論会で、この下野のルールを守るべし、民主党はこれを守ると発言していた。
 このような意味で、統治機構の改革=公務員制度の改革、政策の事後評価制度の強化、信賞必罰体制(特に、上級職中心で)の整備、地方分権というテーマもマニフェストで争点とすべき項目と考える。
 もっとも、争うばかりが能ではない。ねじれ運営で、自民党政権が立ち往生したように、与党・野党がある程度協力しなければうまくいかない難しいテーマをどう処理するのが良いのかも、今回の選挙を通じて、ルール作りをすることが望ましい。選挙で勝った政党のマニフェスト公約には、野党は反対のための反対、根拠のない反対、党議拘束による反対、などはしないというルールを、今回のマニフェスト選挙を通じて。成立させることが望ましい。また、このような誘導をすることが、民主主義社会におけるマスコミの役割だとの自覚が生まれて欲しいものである。
 このような意味で、全国知事会が、地方分権について、政党に対しどのような態度を取るのかとの質問を行い、各党のマニフェストに点数を付けたのは、一歩前進と言える。ただし、点数の評価基準が良く分からず、その採点結果については、採点者の能力を疑いたいと筆者としては感じる。点数を付けるのであれば、マニフェストの細目説明を、党首討論の形で公式見解を聞き、その上で採点をする位の慎重さが無ければ、この採点はあまりにも拙速と思われるのである。
 年金改革についても、少子化対策についても、教育改革についても、問題が余りにも大きいので、これらの点についても、また、情報通信技術の発達によりテレビ会議が出来るのであるから、タウンミーティングをテレビ会議形式で開き(このときは司会者が有能でないと困るし、ロバート議事規則(注)を心得た発言の交通整理が必要なのであるが)、国民の啓蒙に役立て、出来るだけ与野党が全員参加で協議し、基本原則は両党で合意する・多数決で決めるという道を開くことが出来れば良いがとも思う次第である。マスコミは、このような道に向けて、是非努力して欲しいものである。このような動きをしてくれれば、日本のマスコミも2流の域を脱し、1流に向けて前進できると思うが、如何であろうか。
   (注)ロバート議事規則については、当ブログのサブカテゴリー:資料14を参照。
 以下は、次回に。

posted by 合成の誤謬 at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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